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眠れぬ夜に〔♯14〕『運命』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔#14〕

『運命(うんめい)』とは・・・
『強く生きるための条件』である。



〔解釈とヒント〕

ふと、自暴自棄になりかけたついでに
「どうして自分はこんな家に生まれてきたんだろう」とか
「どうして自分ばかりこんな嫌な目に合うんだろう」など
自分の運命が嫌になることはありませんか?

その運命というもの・・・

何かしらの困難や努力の過程において「乗り越えられる」という発想もできますし
その困難や努力を克服した際「乗り越えられる運命だった」ということも
(当事者であれば)ある意味自慢げに言うことができるわけですが、悲しいことに、すべては結果論。

なので、結局のところ「運命は神のみぞ知る」ということになり
運命を乗り越えられたかどうかは、誰も確証を持つことができません。

そう。運命とは基本的に逃れられないもの。

そのため「どうせ神様が運命を決めているのだから、努力しても無駄だ」と
つい考えたくなります。

この「どうせやってもダメなら、やらない方がいい」という態度は
ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)のいう
ニヒリズム(虚無主義)という考え方なのですが、この考えは
決していい結果をもたらすものでないことはなんとなく想像がつきますよね。

(何もとげられないまま人生を終えてしまう可能性がある)


そこでもうひとつニーチェが出し導いたものがあり
それは『運命愛』という考え方。

説明すると・・・

基本的に苦しいことばかりで、その苦しさから逃れることができないこの世の中・・・
であれば(ある意味開き直って)「運命を受け入れてしまいましょう」という態度のことです。

逃げても仕方ないなら、受け止めるしかなく
まさに「運命を愛しましょう」ということ。

それができたときにはじめて人間は人間であることを超越し『超人』になれるというわけ。

『超人』とは強く生きることのできる人のメタファー(例え)だと言えるので
そういった意味では、『運命』とは『強く生きるための条件』のようなものなのかもしれません。


そして最後に、もうひとつ。

『運命』は「命を運ぶ」と書きますよね。

困難にもめげず “命を運び続ける” ために
私たちは運命が必要だということができると思います。

そのためには、失敗も含め、すべてを受け入れる強さが必要なのかもしれません。

失敗を隠さない人ほど強い人はいないですからね。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)