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アドラーの目的論①:『原因探し』って、結構いい加減

みなさま、いつもありがとうございます。

何か問題や悩み・病気などを抱えているとき
その箇所や原因を見つけ出して、対処したり除去することを考えますよね。
(病気になってしまったのなら当然そうするべきですが)

しかしながら、心理学者アルフレッド・アドラーが
「起きた出来事に対してどう捉えるかは自分次第だよ」
という『目的論』を推奨するように、生じてしまった問題や悩みに対して
「いまの悩み(問題)があるのは、このことが元になっているからだ」と
その原因を探して決めつけてしまうのは、かえってよくなかったりします。


なぜ『原因探し』が必ずしもよくないのか・・・

タイトルにある
「『原因探し』って、結構いい加減」の例をひとつ挙げてみると・・・


よくある「人を好きになる」

なぜその人を好きになったのか、いろいろ考えていくと・・・
(原因を追究していくと)

・優しくて意見を聞いてくれる
・頼りがいがある
・几帳面でしっかりしている  など


今度は反対に「人を嫌いになる」

なぜその人を嫌いになったのか、いろいろ考えていくと・・・
(原因を追究していくと)

・自分の意見がなくて優柔不断
・支配的
・細かいことにこだわりすぎる  など


そう。

すでに気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが
『原因を探す』という行為は、自分にとって
『都合のいい捉え方(解釈)をする』ための手段に過ぎなかったりします。
(同じように「評価」というのも、自分にとって都合のいいものにしてしまいがち)

上の例でいうと

   〔好きな理由〕         〔嫌いな理由〕
「優しくて意見を聞いてくれる」=「自分の意見がなくて優柔不断」
「頼りがいがある」      =「支配的」
「几帳面でしっかりしている」 =「細かいことにこだわりすぎる」

の関係。
(解釈の仕方で好きにもなるし嫌いにもなる)


このことをアドラーの『目的論』にあてはめると

「この人との関係を続ける」という目的のために、その原因となる『好きなところ』を見つける。
(肯定的な評価をする)

「この人との関係を断つ」という目的のために、その原因となる『嫌いなところ』を見つける。
(否定的な評価をする)

ということになります。


よくある「結婚したいけど、出会いがない」

『出会いがない』のは事実かもしれないけど
本当は「いまの生活スタイルを変えたくない」とか
「出会いを求めるのがめんどくさい」「見ず知らずの異性と話をするのがすごく疲れる」という
“本音” が隠されていることが多かったりしますよね。

(「お金がない」という理由(言い訳)も、上と同じような感覚としてあると思います)


ただ、あまりにも
「原因探しはダメ」「言い訳はダメ」と自分を縛り付けてしまうと
それはそれで苦しくなってしまうので、自分なりの上手な “さじ加減” が必要となってきそうです。