ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

自己肯定感を育むためのヒント

あの小さかったころに比べれば・・・〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

新入学、新学期。

私の近所に住む、小学校1年生のお子さんが
黄色い安全カバーをつけたピカピカのランドセルを背負い
きょうも元気に出かけていきました。

また、家の近くの道路は、小学校の通学路になっていることもあって
この時期、その道路から聞こえる子供たちの声が
よりいっそう元気なように聞こえてきます。


さて、大人になった今でも
彼らのような小学生のとき(さらには、もっと小さかったとき)でも
何かしらの『問題ごと』は存在するわけですが
スケールもレベルも ”桁違い” であるにも関わらず
小さかったころの方が、相対的にピンチのダメージが大きかったのではないでしょうか。

まさに ”絶体絶命” というか。


先生に、みんなの前で怒鳴られただけで
その日1日、ブルーな気持ちで過ごしていたり・・・

ちょっと友達とケンカをしただけで
もう二度と遊ぶことができないんじゃないかと思ってみたり・・・

計算や運動ができないだけで
これから先は生きていけないんじゃないかと思ってみたり・・・

(『はじめてのおつかい』のピンチなんて、まさに ”絶体絶命” ですよね)


人生経験が少ないといってしまえばそれまでですが
いま、受けるピンチがそれほど絶体絶命だと感じないのは
今まで、数多くのピンチを乗り越えてきたからこそ。

そう。

大人になると、みんな図太くなっている。


もし、みなさんが、いま何らかの問題を抱えていたとしても
もう一度、小学校のころの絶対絶命を思い出してみて
「あのときに比べれば、どうってことないな」と
ちょっとつぶやいてみるのもいいかもしれませんね。
 

大樹のように自分の思いを託していく〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

新しい元号が決まりました。

来月から始まる『令和』という時代に対し
期待に胸躍らせる人
平穏無事な世の中になるよう祈る人
それぞれいらっしゃると思います。

こういった、時代が変化するタイミングに
仕事や物事の引継ぎだったり
世代交代的なことを意識される方もいらっしゃるわけですが
できれば、自然の中で育っている『大樹』のように
それらのことができるといいなと思います。

つまり

大地に落ちた一粒の種が芽吹き
嵐や風、雪に見舞われながらも、やがてたくましく成長し
大きな樹となり、花を咲かせ、実を結び
その実を食べた動物や鳥が、別の場所で種を落とし
また新たな種が芽吹いていく・・・

そんな『世代交代』

親子の関係であればもちろんのこと
ご自身に子どもがいなかったとしても
普段の関わり合いの中で、人生の “後輩” に
大切な思いを託すというか・・・


もちろん、年齢を重ねてからの話ですけどね。

年齢、体力、気力ともそれほどの低下がみられず
何らかの夢や目標に向かって自己実現できる可能性がある限りは
当然のこと、それに邁進する必要があると思います。


よって、新しい『令和』という時代。
はたまた、『平成』が終わるまでの1ヶ月弱。
自分自身、何を実現させたいか
(もしくは、やらないと後悔しそうことは何なのか)
改めて考えなおすのもいいかもしれませんね。

『緩む』ことは『許す』こと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラム『花が咲くのはつぼみが ”緩む” から』に関連付けて。
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/580 )

いつか咲く、自分だけの "美しい" 花のために
そして、それが実になる(実を結ぶ)ために
心や考え、表情、しぐさなどを ”緩ませる” ・・・

 「まぁ、いいか」と思ったり
 「私はこう思う」人に伝えてみたり
 鏡を見て、ちょっと笑顔をつくってみたり etc…

でも、まだちょっと何か足らないみたい。

では、何をすれば ”緩まる” のでしょうか・・・


それは『許す』という行為。

まずは自分。

イライラしてしまう自分を許す
いつまでたっても変われない自分を許す
「ふがいない」と反省ばかりしている自分を許す
ついあせったり、すぐに怒ってしまう自分を許す
「あんなことをしてしまった(言ってしまった)」と後悔する自分を許す etc…

そして、自分の周りの人たち。

親を許す
子どもを許す
動作が遅く、つい「イラッとしてしまう」人を許す
わがままな人、和を乱した人を許す
自分の悪口を言ったり、攻撃してきた人を許す etc…


お互い、未熟だった。

いまでも未熟。

(そりゃ、まだ『固いつぼみ』だもんね)

でも、いつかきっと ”美しい” 花が咲くし
立派な実もつけてくれるはず。

『緩ませる』には、まず『許す』ことから。

花が咲くのはつぼみが ”緩む” から〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、梅の花を見にお出かけしてきました。

白、薄いピンク、濃いピンクと鮮やかに咲く花々とともに
春のやわらかくて暖かい日差しを身体に受け
ちょっとほっこりすることができました。


さて、梅の花にしても、梅以外の花にしても
固いつぼみが徐々にふくらむ(緩む)ことによって花が咲いていくわけですが
私たち自身も、花を咲かせ、実をつける(実を結ぶ)ためには
固く閉ざしたままの心なり、考えなり、表情・しぐさなどを ”緩ませる” 必要があると思います。
(それが『自然の摂理』ですからね)

 「まぁ、いいか」と思ったり
 「私はこう思う」人に伝えてみたり
 鏡を見てちょっと笑顔を作ってみたり etc…

とはいえ、自分だけの ”美しい” 花を咲かせるためには
心や考え方、表情・しぐさなどが美しい(もしくは、自然な)方がいいですし
普段の言葉遣いなどにも注意を払った方がいいように思います。


もちろん、急に変えるのは難しいかもしれませんけどね。

いつか咲く、自分だけの ”美しい” 花のために
何かひとつ ”緩ませて” みませてみてはいかがでしょうか。

自分の代わりはいくらでもいる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラム
『自分の代わりにやってくれた人に感謝する』に少し関連付けて。
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/566 )

言われて傷つく言葉のひとつに
職場などで、上司が部下に使うセリフにありそうな

「お前の代わりはいくらでもいるんだ」

(いまの時代、パワハラと認識されかねないですが)

というのがあると思います。


でも、よくよく考えてみると
基本、自分の代わりにいくらでも人はいるわけで
『自分にしかできないこと』って、ほんとうに皆無なんですよね。

なので、これを肯定的に

どこか出かけたいと思って、休日や長期連休までガマンして待つよりは
週間天気予報で、天気のよさそうな平日を見計らって有休をとり
お出かけしてしまえばいいと思うのです。
(その代わり、仕事に後れをきたさぬよう、しっかり調整する)

苦手な仕事は無理に抱え込まず、「苦手だ」と言ってしまえば
それを好きだという人・得意な人が現れてくれると思うので
さっさとその人に託してしまえばいいと思うのです。
(その代わり、自分の好きなこと・得意なことは引き受ける)

家事や子育てにしても、自分ひとりでと抱え込まず
探せば支援してくれるところがあると思いますし
近所の人や先輩ママからいろいろ教わればいいと思うのです。
(以前はそういった ”ご近所付き合いの文化” が根付いていたように思う)


自分ひとりで抱え込んでしまうということは、裏を返せば
『周りの人を信頼していない』という見方ができるかも。

だから ”おもいきって” どんどん人にお願いしてみませんか?

『自分の代わりはいくらでもいる』ことを肯定的に捉えられるように。

ちょっと ”訓練” がいるかもしれませんけどね。

自分の代わりにやってくれた人に感謝する〔コラム〕

 みなさま、いつもありがとうございます。

よくあるコンプレックスのひとつに

「人にはあって(できて)、自分にはない(できない)」

というのがあります。

仕事や勉強、家事、子育てを効率よくやることをはじめ
資格の有り無しや、外国語を話すといった『能力』
美味しいものを食べたり、休日にお出かけする『時間』
家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有すること・・・

挙げればきりがありません。


こんなとき、少し大きな気持ちをもって

「自分の代わりに、その人が持ってくれている」
「自分の代わりに、その人が身につけてくれている」


と思うことができたら、どんなに気持ちが楽になるでしょうか。
(かなり難しいですけどね)


前者に挙げた、仕事や勉強、資格、外国語を話すことなどは
自分ができなかった(やろうとしなかった)代わりに
その人が頑張って身につけてくれたわけなので

「自分の代わりに頑張ってくれてありがとう」

と、エールを送ればいいわけですし

後者に挙げた、美味しいものを食べたり、休日にお出かけすること
はたまた、家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有することなどは

「自分の代わりに(楽しい/幸せな)気分を提供してくれてありがとう」

と、しあわせな気持ちをもらってしまえばいいと思います。


そう。大事なのは
「あいつばっかり…」と妬んだり、自分を卑下したり
うらやましいと思う気持ちをできるだけ小さくして

「代わりに○○してくれて、ありがとう」

と、感謝する気持ち。

この気持ちがもてるようになると、コンプレックスそのものがなくなるわけですし
人としての器もすごく大きくなるような気がします。

かくいう私も、身の回りの人に感謝できるよう
ちょっと気を付けてみたいと思います。

引き返す勇気(その2)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムでは
人間関係についての『引き返す勇気』を書きましたが
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/555 )
何もこれは人間関係に限ったことではなく
ビジネスの場面、はたまた、自身の『人生設計』に関しても同じことがいえると思います。


『引き返す』・・・それは
決して最初からやり直すということではなく
何か一区切りついたとき、少し振り返ってみて余分なものを一度取り除くというか
少しずつ成長し続けていくために、ちょっとでもいいから反省と創意工夫し続けるというか
今していることに対して、もう一度初心を思い出してみるというか

そういう意味合いの方が強いような気がします。

(単なる言葉の言い回しに過ぎないかもしれないですけどね)


これからの季節、寒さを ”引き返しながら” 暖かくなっていくように
(「三寒四温」なんていいますよね)
引き返しながら前に進んでいく方がかえって自然なことなのかもしれません。

登山のように、いつも上り坂ではきついですからね。

一度立ち止まって見て
引き返してはまた上り、引き返してはまた上り・・・

自分を見失わないように。

引き返す勇気(その1)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

生きている限り、誰もがみな悩む『人間関係』をテーマに。

誰かと関わりを持とうと思ったら
その距離が縮まるよう、何かしらの行動や努力をすると思います。
(恋人や友人といった間柄は特に)

逆に「距離をおこう」と思ったら
『縁を切る』ようなところもあったりします。

お互いに向かって『前進する』か、すっぱり『縁を切る』か・・・

特にビジネスの世界において、そんな風潮がやや強いような気がします。

しかし、人との距離って
本来は(ゴムのように)伸び縮みするようなものだと思います。

あるときは近づき
またあるときは遠のき
そしてまた近づく・・・


親しくなる過程において相手との距離は縮んでいきますが
どんな人てあっても、ある程度の『距離感』は保つ必要がありますし
(相手に依存し過ぎることなく)いつでも『個』である必要があると思います。


また、生きていく過程において
だんだん価値観にズレが生じてきたり、違うステージに行ったとしても
はっきり白黒つけてしまうよりは、『グレーの関係』でいたいもの。

そう。グレーゾーンに引き返すならば
もしかしたら、またあのころの友達に戻れるかもしれない。

少なくても
お互いがお互いの人生なら
『いなかったこと』にしなくてもすむはず。


『引き返す』

ものすごく勇気がいることですけどね。

完全に元に戻ることはできないけれど(また、戻る必要はないけれど)
1周まわるというか。原点に立ち返るというか。


街でバッタリ会ったとき、少なくても自分は
「おっ、元気そうだね」と
あいさつくらいはしたいものです。

『ソノサキ』にある笑顔〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

毎週火曜日、夜11時20分からメ~テレ(テレビ朝日系列)で
『ソノサキ』という番組が放送されています。

「身近にあるモノだけど、実はソノサキで驚きの進化を遂げているモノ」
「そこまではよく目にするけど、ソノサキは見たことがないモノ」
「番組が独自に作り上げる興味深いソノサキ」
など、気になる ”ソノサキ” を深追いしたバラエティー番組。

見たことのある方もいらっしゃると思います。


その番組の中で取り上げられたもののひとつに
畑でつくられている農作物が、どのように加工され
どのような製品となって店頭に並ばれ
最終的にどのような人が買っていくのか見届けるというものがありました。
(その一連の流れを農作物の生産者とスタッフが追い、どんな消費者なのかを見届ける)

生産者が消費者と対面し、(消費者に)お礼の言葉をかけられることで
生産者が『やりがい』みたいなものを再認識するという
ちょっとしたドキュメンタリー要素が含まれているわけですが
なにもこれは、モノづくりの仕事に限らず
どんな仕事においても、これと同じような『ソノサキ』がきっとあるのだと思います。

(直接的な『ソノサキ』がなかったとしても間接的に必ず関わっている・・・)


そういった意味では
自分の仕事が毎日同じように繰り返す単調な仕事であったしても
自分たちが一生懸命働いた『ソノサキ』には
多くの人の笑顔や便利さ、安心感みたいなものが生み出されているに違いありません。


また、きょうという1日が二度とこないように
『ソノサキ』の人も、毎日違う人なのかも・・・

そのように考えると、仕事を積み重ねていくことは
とても多くの人たちの “気持ち” に応えていく(貢献していく)ことになりますよね。


いま、皆さんがしていらっしゃる仕事の『ソノサキ』に待っている人たちの笑顔のために
ちょっと自分を奮い立たせ、充実した日々を過ごしていただけたらと思います。

(もちろん、無理は禁物ですけどね)

5分間の小旅行〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

おそらく、20代以下の人たちでしょうか
若い人たちの間の最近の気になる曲として
小泉今日子さんの『木枯らしに抱かれて』があるそうです。
(昭和61年〔1986年〕11月発売)

なぜそんな30年も前の歌が気になるのか・・・
その要因を探っていくと
どうも今年から放映され始めたポカリスエットのCMにあるようです。

https://www.youtube.com/watch?v=h2pu5iHJCG8
(ポカリスエットCM「デュエット」篇 15秒)

https://www.youtube.com/watch?v=2iQDR6w2eRQ
(ポカリスエットCM「木枯らしに抱かれて」篇 30秒)

実際に小泉今日子さんが歌われているYoutubeのコメント欄を見ると
「CMで気になって両親に聞いて来ました」とか
「一瞬で好きになって死ぬ気で探して…やっと見つけた…」とか
「まだこんな自分の知らない神曲があったとは」など
好意的なコメントが多いようです。


私はよく、70~90年代につくられた
いわゆる『歌謡曲』と言われる歌をYoutubeで聴くのですが
現在の歌の直接的な表現の歌詞と違い、表現がとても詩的なので
自分の中で『空想』を自由に膨らませてくれる心地よさがあります。

また、昔の歌はそれほど長くなく
ほとんどが5分以内に収まる曲ばかり。

『5分間の小旅行』を満喫するといったところでしょうか。

ただ単に、その曲が流れていたころの思い出に浸るだけでなく
5分という短い時間で、ちょっとした旅行気分を味わうという意味においても
(同じように、一冊の小説を読むような、一本の映画を観ているような)
お気に入りの『歌謡曲』を改めて聴いてみるのもいいかもしれませんね。

当時その曲が流れていたときは何も感じなかったけど
年齢を重ねた今、改めて聴いてみると
心の奥底に響き、癒しの効果ももたらせてくれるような曲が
とてもたくさんあるような気がします。