ハートオフィス・あおい

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自己肯定感を育むためのヒント

『念』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回の続き(※)というわけではないですが
きょうは、『念』という漢字に着目して。。

『今の心』と書く『念』という漢字。

こころの状態は『息』に反映されてからだに現れてくるのと同様
自らのこころもまた、からだの健康状態に大きく影響を及ぼすものと思います。

そう。『念』とは、自らのこころ(気持ちや思い) のこと。

つまり、どんな気持ちや思いで過ごすことがからだの健康にいいのか
この一文字を通じて教えてくれていることになります。


詩人である坂村真民さんの詩をふたつ、ここで紹介したいと思います。

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 『今』

 大切なのは
 かつてでもなく
 これからでもない
 一呼吸
 一呼吸の
 今である


 『今を生きる』

 咲くも無心
 散るも無心
 花は咲かず
 今を生きる


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未来のことを思い煩ったり、過去のことを後悔しても
正直、あまり意味はないですよね。

それよりも大切なのは
今、目の前にいる人を大切にし、今、目の前にいることを大切にする ということ。

今、このときを大切に生きるということの延長が未来を創り
また、過去の体験をもよい記憶に創り替えていくのだと思います。

そう。今のこころがからだを動かし、健康や環境を創り出すように
今を明るく生きることで、過去も未来も照らされていく―――

『念』をいう字は、そういった “自然の摂理” を教えてくれる漢字のひとつと言えそうです。


 (※)『息』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/725

『息』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

普段気にも留めず必ず “している” もの・・・

それは『息』

その『息』という漢字について、ちょっと書いてみようと思います。

『息』という漢字が『自らの心』と書くことからもわかるように
自分のこころの状態が『息』に反映されますし
『息』の状態もまたこころに反映していることになります。

つまり、リラックスしているときや楽しく心穏やかなときは
深く、ゆっくりとした呼吸をしますが
逆に仕事に追われたり、ストレスを感じているときは
浅くて速い呼吸になりますよね。

そんなとき、大きく深呼吸すると
気持ちも少しずつ落ち着いてくるわけですが
それは「呼吸がこころに働きかけている」という見方もできると思います。


また『呼吸』は、字の通り
「吐いてから吸う」もの。

これから生命の活動をし始める赤ちゃんは
「オギャー」と泣いて(息を吐いて)生まれてきますし
人が亡くなるときは、「息を引き取る(一息吸う)」という言い方をしますよね。

そういった “自然の摂理” からも言えるように
深呼吸は、「吐いてから吸う」方が理にかなっているようです。


これから寒い日々がやってくるわけですが
その分、余分なチリや埃が舞わず、より澄んだ空気で呼吸することになります。

深呼吸する場面・回数を増やすとともに
自身のこころを意識して呼吸を整えていくというのも、とても大切なことだと思います。

すべては健全な体があってこそ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

つい先日まで国中を虜にしたラグビーワールドカップや、野球のWBCプレミア12の陰に隠れ
ひっそりと始まった感のある令和元年大相撲九州場所。

その大相撲(相撲)に限らず、武士道において
よく『心・技・体』という言葉を耳にするわけですが、この言葉・・・

柔道の父と称せられる嘉納治五郎氏が
その柔術独学書の中で述べたのが始まりとされ、改めて書いてみると

①『心』=精神の修養
②『技』=勝負師の鍛錬
③『体』=体の発育・健康維持


ということになります。

この順番だと、『心』が一番大事なような感じがしますが
私のイメージは、ピラミッド構造。

つまり、『体』が一番土台にあって、次に『技』、一番上のあるのが『心』
(登山のように、上に行けば行くほど習得するのが大変)

どんな人でも、『心』を変えることはすごく難しい。
だけど、健全な体は、少しの努力で手に入れることができると思うのです。

寝る時間、起きる時間を一定にしたり
食事の栄養バランスを少し意識して見直してみたり
1日5分でもいいからストレッチやウォーキングなどをしてみたり・・・

そう! 強い『心』は、健全な『体』があってこそ。

これからのシーズン。
おいしいものを食べたり飲んだりする機会も増えると思いますが
やはり、ほどほどにした方がいいような気がします。

『発酵』と『熟成』から学ぶこと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムでは、10月13日の『豆の日』にちなみ
豆に関するつぶやきを書いてみましたが、今回も少し関連付けて。
(前回URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/701

それは、発酵と熟成に関して。

発酵はたくさんの微生物の力を借りながら
一定以上の時間をかけて行われる自然の営みで
食材をおいしくしたり、栄養価を高めてくれたりと
免疫力の向上に大きな力を発揮してくれます。

例えば、大豆をそのまま一粒食べると、“いただく命” はひとつですが
納豆という発酵食品になると、その命は何億にもなります。
(何億もの納豆菌が “命” として存在することになります)

つまり、発酵という時間と手間をかけることで
有能な働きをしてくれるたくさんの『生命力』を
一緒にいただくことができるというわけ。

それ以外にも、発酵食品には
免疫力の70%をつくっているといわれる『乳酸菌』が含まれており
腸内環境を整えてくれる効果があるわけですから
まさに一石二鳥、一石三鳥にもなる食品といえそうです。

また、発酵と同じく、時間をかけて寝かせる『熟成』も
私たちに様々な恩恵と気づきを与えてくれます。


この、発酵と熟成・・・

共通していえるのは時間をかけて、じっくり行うこと」

そう。食べ物が発酵・熟成によって食材そのもののはたらきを高め、他の存在への有能なはたらきを増やしていくように
私たちが日々行っていることのなかにも
ある一定以上の時間をかけることで育まれていく大切なものがあると思います。

そういった意味では、時間をかけてゆっくり進む発酵や熟成という現象は
日々せわしなく働いている私たちに
「もっとゆっくりでいいんだよ」というメッセージとともに
本当の自然界のリズムを教えてくれているのかもしれません。

『豆』から学ぶこと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

すでに今年は過ぎてしまいましたが、一昨日の10月13日は『豆の日』なのだそうです。

なぜこの日が豆の日になったかというと

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日本において古来から
旧暦の8月15日と9月13日に月をめでる月見の風習があるわけですが
(8月15日→十五夜、9月13日→十三夜)
昔(月見団子の前)は、ちょうどそのころに収穫される作物として
十五夜には里芋を、十三夜は豆をお供えして食べる習わしがあった・・・

旧暦の9月13日は新暦にするとおよそ10月13日になることから
その10月13日を『豆の日』にした


(ちなみに十三夜は『豆名月』と呼ばれています)

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のだそうです。


さて、本題。

日本人が豆類を大切に扱ってきたことは昔からの周知の事実でありますが
大豆を発酵させて作る味噌・醤油・納豆などは
健康・長寿で知られる日本の食文化の代表として現在では海外にも広く知れ渡るようになりました。

また

頭・・・・・・・豆を食べると頭がよくなる
喜ぶ・・・・・・豆を食べるとカラダが喜ぶ
豊か・・・・・・豆を食べると心が豊かになる
嬉しい・・・・・豆を食べると嬉しくなる
登る・・・・・・豆を食べると山に登るための体力がつく
厨(くりや)・・食事を作るための場所

といったように、『豆』を含む漢字を見ても、その大切さを伺い知ることができると思います。


このほかにも、豆にはこれから発芽して生長し
新たな生命を育むためのエネルギーが凝縮されています。
(いわゆる『種』と一緒なわけですからね)

ひとつの生命体を育むための “源” をいただくことは
食べ物を丸ごといただく(一物全体)という考え方にもつながります。

例えば
穀物で言う全粒・・・
小魚で言う皮ごと骨ごと頭ごと・・・
野菜で言う葉ごと皮ごと根っこごと・・・

つまり、あの小さな一粒の中に、生命体を維持するために必要な栄養素が
自然のままの理想的なバランスで含まれているということになります。


豆に食べると、まめに動くことができ
こまめにカラダを動かす人は、足腰の筋肉が衰えにくく
いつまでも健康でいられるということで・・・

まめに豆を食べて、きょうもこまめに動くとしますか!

日々過ごしていく中にある感動や新鮮〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

以前のコラムにて、感動の反対のことば〔退屈〕について述べたわけですが
(参照URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/698 )
どうすれば感動を損なわないようになるのか、その工夫の仕方について書いてみたいと思います。


私は日常生活の中で、比較的よく歩くようにしているのですが
その『歩く(ウォーキング)』というひとつの行為をとってみても
まずひとつ、道順を逆回りにしてみることによって
いつもは上り坂だったのが下り坂になり
夕焼けを背にして歩いていたものが、赤い陽を正面に見ながら歩くことになり
また、エントランスばかり見ていた近所のマンションは
たくさん並んだバルコニーを眺めることになりますよね。

そのほかにも、車が対向方向から来ていた一本通行の道は、車が背面からくることになりますし
いつもは目立つお店の看板も、どこか物憂げに見えるかもしれません。

それ以外にも、ひとつ違った路地を歩くことによって
(いつも見慣れた)近所の風景と感じられない、まったく違った風景や光景に出合えたり
「こんなところにこんなお店があったんだ」といった発見があるかもしれません。


また、季節を感じる『色』に着目して歩くだけでもステキですよね。

例えば、これからの季節。
なんといっても紅葉の赤や黄色がめだつときなので、それらの色に着目してみる。
そして、もう少し寒くなったら、暖色系の色に着目して歩いてみる・・・など。


きょうのお仕事の帰り、ちょっと寄り道してみませんか。

いつもと違う発見があるかもしれませんね。

『感動』の反対のことば〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムにて、感動することの素晴らしさについて述べたわけですが
(参照URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/694 )
今度は逆に、『感動』の反対について少し考えてみたいと思います。


『感動』の反対・・・
それは『退屈』ということになるかもしれません。

一般的な『退屈』というと
「やることがない」とか「時間を持て余している」状態のことを言いますが
ここでいう『退屈』は
「脳に新鮮な状態が行き届かない」ことだったり
「自らその情報をキャッチすることを拒んでいる」ような状態のことです。

つまり

「どうせこんなもの」
「何をやってもおもしろくない」
「もういい歳だから」

と自分に “ストッパー” をかけてしまうような行動や発言。

( “頭のいい人” って、意外とこういった傾向が強いですよね)

こういった “ストッパー” の積み重ねが
老化だったり、はたまた、うつ病や認知症といった
脳の病気を進ませるような気がしてなりません。

そのため、前回コラムの繰り返しになりますが
日々過ごしていく中で、小さな感動を積み重ねていく。

また、たとえ「小さな感動が難しい」と思う方がいらっしゃっても
ちょっとした工夫で退屈から逃れることができると思います。

人生の『かきくけこ』〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

人生を豊かなものにする『かきくけこ』というのがあるそうです。

その『かきくけこ』とは

『か』・・・「感動」
『き』・・・「興味」
『く』・・・「工夫」
『け』・・・「健康」
『こ』・・・「恋」

(理由を書かずとも、「なるほど!」と思われたのではないでしょうか)

その中でも、外せないもののひとつに
最初の『か』=『感動』があります。

というのも、これが上手にできるようになると
自然とあとの『きくけこ』がついてくるような気がするのです。

「感動する」ということは、ただ何かを漠然と感じ取ることよりも
何倍もの高揚感や気持ちの集中力を高めてくれますし
ときに、一生の心の支えとして記憶されることも多いと思います。

もし仮に、1日に何回も感動できる人は
たっぷりとした幸福感の中で1日を過ごすことができるでしょうし
そうでなくても、素晴らしい映画やドラマを見たときや
素晴らしい本に出合ったりステキな話を聞いたときに流す涙は
まさに “心の癒し” といってもいいのかもしれません。

また、「きょうは何か感動することはありそうかな」
そう思いながら過ごすだけで、ちょっとワクワクした1日になるかもしれませんね。
 

年齢を重ねると可能性はなくなる。その代わり・・・〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「若い頃は可能性がたくさんあるんだから、がんばりなさい」
なんて言葉をよく耳にします。

『頑張る』よりは
「いろんな経験をして〔自分〕を見つけなさい」
ということになるでしょうか。

そして、この言葉と同時に
「年を取ると可能性がなくなる」
という言葉もよく耳にします。

確かに、気力・体力も少しずつ衰えてくるし
そこまで『頑張る』(自分の可能性を広げていく努力をする)必要もないだろう・・・
と私自身も感じることが多いです。


ただ、この言葉だけで ”片づけてしまう” のはちょっとせつない・・・

そこで感じていただきたいことがひとつ。


確かに、年齢を重ねていくと可能性はなくなる。
その代わり、年齢を重ねることで “増える” ものがある。

それは、ずばり『リソース』のこと。

『リソース』とは
いままで築き上げてきた経験・人間関係・財産(物)・環境のこと。


もし仮に、いまが少しつらいと感じるようなとき
自分の『リソース』を思い起こさせるような作業を行うことも時に大切なのではと思います。
(ただ、つらさが重い場合、かえってつらさが大きくなってしまう可能性があるので注意が必要ですが)

・ “自分らしさ” を感じさせてくれる友人に会う
・過去に熱中していたものに目を向けてみる
・自分が輝いていたと感じる場所を訪れる

など。


また、自分の『リソース』を上手に思い起こさせることができないのであれば
『Youtube』にて、むかし自分が見ていた映像や聴いていた音楽を楽しむだけでもいいのではと思います。

いまは “過去が手に入る” 時代ですからね。

懐かしい映像や音楽を聴いて
「こんな素敵な時代を自分はいきてきたんだ」と。


もちろん(さきほどの繰り返しになりますが)
単に「昔はよかった(それなのに今は・・・)」と嘆くのではなく
『肯定的に振り返る』ことができるかどうかがポイントとなってきますけどね。
 

小さな “アップデート” を繰り返す〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

何気なく使っているスマートフォン。

意識してみると、内蔵されているアプリに関する『アップデート』の更新が
毎日のように更新されているのが分かります。

いざアップデートしてみると
大幅に更新されている様子が分かるものもあるなかで、何が更新されたのかよくわからないものが大多数・・・

ただ、少なくても何かしらはよくなっているのでしょう。
(そう思わないと意味がない)


さて、かくいう私たち・・・

スマートフォンのアプリのように、(自分自身の行動や気持ちを)日々 “アップデート” する必要はないにしろ
少しでもそういった意識を持てれば、より自分らしく生きることができるような気がします。

つまりは「きのうよりきょう、きょうよりあした、自分らしくありたい」みたいな。

現状に満足することももちろん大切ですが
どうしたらもっと自分に満足ができるのか、ちょっと “欲張ってみる”


自身の内面が上手に “アップデート” することができれば、おのずと行動も変わっていきますし
いずれは目に見える形でよい変化をもたらせてくれるような気がします。