ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

自己肯定感を育むためのヒント

今年も残り半年・・・どう過ごしますか?〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

2022年も半年が過ぎました。

残りの半年

「やりたいこと」
「やらなければならないこと」
「いつか、必ず実現させたいこと」

自分にないものに着目して
もう一度整理することはもちろん大切だけれど

その前に、自分にあるもの(人・こと・環境)に
感謝できたらすごくステキですよね。

(そういう自分も、恥ずかしながらなかなかできません)

今年の前半過ごした日々を少し振り返り
今あるもの(人・こと・環境)に感謝しつつ
残りの半年、よりいっそう一日、一日を丁寧に生きていこうと
ちょっと誓ってみてはいかがでしょうか。

あなたを守るあいさつ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

人間、誰しも苦手な人が、きっといると思います。

なぜ苦手なのか・・・
「自分にないものをもっている」「○○する(しない)から」など
明確な理由もあれば
「ただなんとなく苦手」という
あいまいな理由であることも、結構あると思います。

ただ、苦手の理由はどうであれ
苦手な人にこそ、明るくやさしく接したいところですね。
(「悟られない」という意味も少しはありますが)

というのは、人が苦手だと感じるのは
その人そのものではなく、その人を通して
自分の苦手な部分、嫌な部分が透けて見えるから。

なので、苦手な人(もの)に明るくやさしく接することは
実は、自分自身を癒すことになるんです。


さあ、あしたから
「この人、私のこと嫌いかも」と思う人にこそ
朝、笑顔で「おはよう」と声をかけてみてはいかがでしょうか。


返事がなくても、気にしない。

毎朝、口角を少しあげてみるなど
表情も意識しながらコツコツ続けてみる。


きっと、その日一日を
しっかり守ってくれるはず。

自分の代わりにやってくれた人に感謝する〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラム
『自分の代わりはいくらでもいる』に少し関連付けて。
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1273 )


よくあるコンプレックスのひとつに

「人にはあって(できて)、自分にはない(できない)」

というのがあります。

仕事や勉強、家事、子育てを効率よくやることをはじめ
資格の有り無しや、外国語を話すといった『能力』
美味しいものを食べたり、休日にお出かけする『時間』
家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有すること・・・

挙げればきりがありません。


こんなとき、少し大きな気持ちをもって

「自分の代わりに、その人が持ってくれている」
「自分の代わりに、その人が身につけてくれている」


と思うことができたら、どんなに気持ちが楽になるでしょうか。
(かなり難しいですけどね)


前者に挙げた、仕事や勉強、資格、外国語を話すことなどは
自分ができなかった(やろうとしなかった)代わりに
その人が頑張って身につけてくれたわけなので

「自分の代わりに頑張ってくれてありがとう」

と、エールを送ればいいわけですし

後者に挙げた、美味しいものを食べたり、休日にお出かけすること
はたまた、家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有することなどは

「自分の代わりに(楽しい/幸せな)気分を提供してくれてありがとう」

と、しあわせな気持ちをもらってしまえばいいと思います。


そう。大事なのは
「あいつばっかり…」と妬んだり、自分を卑下したり
うらやましいと思う気持ちをできるだけ小さくして

「代わりに○○してくれて、ありがとう」

と、感謝する気持ち。

この気持ちがもてるようになると、コンプレックスそのものがなくなるわけですし
人としての器もすごく大きくなるような気がします。

かくいう私も、身の回りの人に感謝できるよう
ちょっと気を付けてみたいと思います。

自分の代わりはいくらでもいる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

6月を迎えるにあたり
新しい環境になかなか慣れない人、『五月病』だった人も
少しずつ “自分らしさ” を取り戻している
(もしくは、“自分らしさ” をつかみかけている)・・・そんな時期。

とはいえ、多くの人と良好な人間関係を築いたり
多くの仕事を効率よくこなすことは、なかなか至難の業。

そんな中で、きょうのテーマ。。


人に言われて傷つく言葉のひとつに
職場などで、上司が部下に使うセリフにありそうな
「お前の代わりはいくらでもいるんだ」
(いまの時代、パワハラと認識されかねないですが)
というのがあると思います。


でも、よくよく考えてみると
基本、自分の代わりにいくらでも人はいるわけで
『自分にしかできないこと』って、ほんとうに皆無なんですよね。

なので、これを肯定的に

どこか出かけたいと思って、休日や長期連休までガマンして待つよりは
週間天気予報で、天気のよさそうな平日を見計らって有休をとり
お出かけしてしまえばいいと思うのです。
(その代わり、仕事に後れをきたさぬよう、しっかり調整する)

苦手な仕事は無理に抱え込まず、「苦手だ」と言ってしまえば
それを好きだという人・得意な人が現れてくれると思うので
さっさとその人に託してしまえばいいと思うのです。
(その代わり、自分の好きなこと・得意なことは引き受ける)

家事や子育てにしても、自分ひとりでと抱え込まず
探せば支援してくれるところがあると思いますし
近所の人や先輩ママからいろいろ教わればいいと思うのです。
(以前はそういった ”ご近所付き合いの文化” が根付いていたように思う)


自分ひとりで抱え込んでしまうということは、裏を返せば
『周りの人を信頼していない』という見方ができるかも。

だから ”おもいきって” どんどん人にお願いをしてみませんか?

『自分の代わりはいくらでもいる』ことを肯定的に捉えられるように。

最初はどうしても罪悪感みたいなものがついて回るので
ちょっとした ”訓練” になりますけどね。

慣れてしまえば、とても楽チンな世界が待っていると思いますよ。

あの小さかったころの “絶体絶命” に比べれば・・・〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

私の家のすぐ近くの道路が小学校の通学路になっていることもあって
毎日、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。

特に、ランドセルに黄色い安全カバーをつけた1年生たちが
かわいいやら初々しいやらで、思わず、顔がほころんでしまいます。


さて、大人になった今でも
彼らのような小学生のとき(さらには、もっと小さかったとき)でも
何かしら『問題ごと』は存在するわけですが
スケールもレベルも ”桁違い” であるにも関わらず
小さかったころの方が、相対的にピンチのダメージが大きかったのではないでしょうか。

まさに ”絶体絶命” というか。


先生に、みんなの前で怒鳴られただけで
その日1日、ブルーな気持ちで過ごしていたり・・・

ちょっと友達とケンカをしただけで
もう二度と遊ぶことができないんじゃないかと思ってみたり・・・

計算や運動ができないだけで
これから先は生きていけないんじゃないかと思ってみたり・・・

(『はじめてのおつかい』のピンチなんて、まさに ”絶体絶命” ですよね)


人生経験が少ないといってしまえばそれまでですが
いま、受けるピンチがそれほど絶体絶命だと感じないのは
今まで、数多くのピンチを乗り越えてきたからこそ。

そう。

大人になると、みんな図太くなっている。


もし、みなさんが、いま何らかの問題を抱えていたとしても
もう一度、小学校のころの “絶体絶命” を思い出してみて
「あのときに比べれば、どうってことないな」と
ちょっとつぶやいてみるのもいいかもしれませんね。

「生きていく」のではなく「生きてみる」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のプレスリリースにて
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲を紹介しましたが、それに関連して。
( http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1236 )


「生きていく」という言葉はすばらしい。

「自分の人生、自分で切り開いていく」という
意志を感じることができるから。

ただ、長い人生。
必ずしもそうとばかりいかない・・・

何のために生きているのか分からず
砂を噛むような日々を送ることもあるかもしれない・・・

(年度が変わるこの時期、うつ状態に襲われる方がものすごく多いようです)


そんな気持ちに襲われたとき

まず1日「生きてみる」

そして、何とかその1日を無事過ごすことができたのなら

もう1日「生きてみる」


その繰り返し。
 

また、この感覚は
曲の後半の歌詞に通じるものがあると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私には 私の生き方がある
 それは おそらく自分というものを
 知るところから 始まるのでしょう
 けれど それにしたって
 どこで どう変わってしまうか
 そうです わからないまま生きていく
 明日からの そんな私です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かけがえのない、あなただけの人生。

「私は今日まで生きてみました」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、車を運転中
何気なく聴いていたラジオから流れてきた
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲。。

この歌の前半部分はというと・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私は今日まで 生きてみました
 時には誰かの 力を借りて
 時には誰かに しがみついて

※私は今日まで 生きてみました
 そして今 私は思っています
 明日からも こうして生きていくだろうと※

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かを あざ笑って
 時には誰かに おびやかされて

 (※くり返し)

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かに 裏切られて
 時には誰かと 手をとり合って

 (※くり返し)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を聴いて、少し面白いというか
どことなくほっこりした気分になったわけですが、なぜか。。。

それは、歌詞の冒頭にある

生きて “みました” (「生きてきました」じゃない)

の部分。

(これまで何度か耳にしたことはあったのですが、気が付かなかった)

そう。

「生きてきた」のではなく「生きてみた」と書いているところ。

これを未来に向けて書いたとき
(「生きていく」ではなく)「生きてみる」になるわけですが
この感覚こそが、実はとても大切なのかなと思ったこともありまして。

次回、少し踏み込んで書いてみたいと思います。

時間とお金を “つくる”〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

きょうから2月。
2022年が始まって1ヶ月が経ちました。

遅ればせながら・・・
今年の目標というわけではないですが
今年、特に大切にしていこうと思ったことです。

・やるべきこと、ほんとうにやりたいことでない限り、やらない。
・必要なもの、ほんとうに欲しいもの・好きなものでない限り
 買わない。使わない。手元に置いておかない。
・会うべき人、ほんとうに会いたい人でない限り、会わない。会う約束をしない。
・お腹がすく
、もしくは身体が欲する限り、食べない、飲まない。

改めて見直すと
「欲を捨てた」ようにも捉えられるので(実際にそうですが)
見方によっては、「つまらない人生」とか、なんとなく寂しい人のように感じられるかもしれませんが
「いかに欲を満たすか」でなりたっている感のある資本主義は、結局のところ
不自然というか、自然を壊してしまうような生き方に繋がってしまうので
欲を捨てた(ようにも見える)この〔考え方〕は
ある意味、『SDGs』に沿った生き方ということも言えるような気がします。

また、やりたいこと・やるべきことをちゃんと絞ることで
時間とお金を “つくる” ことができますよね。

自分を変えることが難しい場合は○○するといい〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

2022年が始まって1ヶ月弱・・・

毎年、初詣には、神様に向かってお願いごとをしたり
今年の目標・誓いみたいなものを立てるわけですが、その思いの裏側は
自分に何か足らないものを感じていたり、自分自身を変えたいという気持ちが
少なからずあるように思います。
(もちろん、私もその一人です)

とはいえ、なかなか自分を変えることは難しいのは百も承知。

では、どうすればいいのでしょうか?


以降、私が耳にした話で
「なるほど!」と思ったことを書いていくと・・・


自分を変えるのではなく、日常を整えていく。

つまり、整(ととの)えれば調(ととの)う。


日常使うモノを整えて
(モノの “住処” をちゃんと決める)
自分の手で空間に変化をもたらせば
暮らしに変化が訪れ、心も自然に調い
丹精な日常となっていく。

使わなくなったモノ・余分なモノを丹念にそぎ落とし
最後に残ったシンプルなモノや情報と向き合うことで
“真の願望” を見つけることができるに違いない。

そうすることが人生に劇的な変化を招き入れることになるとのこと。


よって
「ダメな自分」を責める必要も
「意気地なしの自分」を奮い立たせる必要も、
「自分を変えよう」と躍起になる必要もなく。。


自分を変えるのに特にやってはいけないことがあって、それは
「よーし、自分を変えるぞ!」
と、気持ちで自分を変えようとすること。

これが一番長続きしない。


それよりも
以下の3つの方法

1.時間との関係を変えること

2.人間関係を変えしまうこと

3.環境を変えてしまうこと
  (引っ越し、転職、転校など)


が変化が確実で長持ちする。


最近よく耳にする『断捨離』

断捨離は、言ってみれば『移動の伴わないおうち引っ越し』だそうです。

社会そのものが大きく変容している今
自分自身の変容を確実にさせるのは
実は、生活空間を変えてしまうこと。

自分自身にどんな変化をもたらしてあげられるかは
やはり(?)『断捨離』にかかっているのかもしれません。

江原啓之さんお勧めの2022年パワースポット〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、スピリチュアリストでありオペラ歌手でもある江原啓之さんのとあるネット記事を見て
とても共感する部分がありましたので、少し記事をお借りしてここに紹介したいと思います。

テーマは『行くべきパワースポット』


① 産土(うぶすな)神社
産土神社とは自分が生まれた土地(厳密には生まれた産院のある場所。産院がわからなければその実家でもOK)の神様を祀る神社のこと。実家近くの産院などなら、いま住んでいる場所とは遠く離れているかもしれません。産土の神様は、あなたがこの世に生まれるご縁をサポートしてくださった神様ですから、お参りはまさしく原点回帰。行くべき究極のパーソナル・スピリチュアル・スポットなのです。

② 湧水公園
湧き出るというのは、生まれ出るパワー。水が湧き出る場所は素晴らしいパワースポットです。そんな湧水がある公園は、規模の大小にかかわらず各地にありますので、ぜひ探してみて。自分の街の身近な公園も、そうかもしれません。しかも清らかな水の流れを感じることは、たましいを浄める禊ぎになります。いつの間にかたまった心のモヤモヤを洗い流し、生まれ変わったような気持ちにさせてくれるでしょう。

③ 見晴らしの良いところ
疲れた心を癒して元気になったり、新しいことを始めたりしたいなら、見晴らしの良いところへ。とくに山はおすすめです。山はご神体といわれ、そのものがパワースポットであり、スピリチュアル・スポット。山の上から見る神々しいまでの景色が、あなたの生まれ変わりをサポートしてくれるはず。もし近場ですぐに、となればビルの展望台など眺めの良い場所でもOK。いつもと違う視点があなたに気づきをくれます。

④ 生命と触れ合える場所
動物園や水族館、犬猫カフェ、植物園など、生命と触れ合える場所に行きましょう。ひたむきな命の営みを間近で見ることは、生きるパワーをもらうことです。心が疲れていると、人に心を開くことができなくなり、そのまま内にこもってしまうことも。でも生きものたちがあなたの心を、やさしく開いてくれます。きっと元気になれるはず。家で植物を育てたり、花を愛でたりすれば、家がそのままパワースポットになりますよ。


(引用:『anan』2021年12月29日‐2022年1月5日合併号)