ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

自己肯定感を育むためのヒント

『片づける』の本来の意味〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

早いもので、1年の半分が過ぎようとしています。

だがら・・・というわけでもないですが、ふと思いつき
家にある使わなくなったもの・いらなくなったものの片づけをしました。


ところで、みなさま
『片づける』の本来の意味をご存じでしょうか?

『片づける』とは『カタをつけること』

つまり、物を通じて、自分の気持ち・思い・感情に “決着” させることが
本来の『片づけ』ということになります。

おそらく、片付けが苦手な人がほとんどだと思いますし
(私も決して得意とは言えません)
それゆえ、片付けに関する本や情報がいっぱい出ているわけですが
本来の意味をしっかり把握しておけば、日常の中で自然と身につくようになると思いますし
片付けすることも、それほど苦にはならなくなるような気がします。

最近の私の心の支えになっている言葉(フレーズ)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

私の最も尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんのとある著書の中に
最近の私の心の支えになっている言葉(フレーズ)がありますので
きょうはそれを紹介したいと思います。

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一つひとつの仕事を、心を込めて行うこと。
愛する人たち、大切な人たちとの時間を持つこと。
日々を味わい尽くすこと。


『「本当の大人」のなるための心理学(集英社新書)』より

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何気ない言葉ですけどね。
心の奥底にまで響くとても素晴らしい言葉ではないでしょうか。。。

毎日、同じように繰り返される日ではあっても
二度とやってこない今日という日。

これからも、この言葉(フレーズ)を毎日唱え
日々、大切に過ごしていきたいと思います。

第一印象と “食わず嫌い”〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

今週から新しい朝の連続テレビ小説『エール』が始まりました。

ドラマのロケ地が私の出身地である豊橋(と福島の2ヶ所)であること
窪田正孝くん、二階堂ふみちゃんとステキな俳優さんがご出演されていることもあって
個人的にものすごく注目しているドラマです。

さて、その第1話(3月30日の月曜日)

原始人からのスタートだったり、えらくポップな字幕がついていたり
フラッシュボブダンスがあったりと、いままでにない “斬新な” 始まり方。

その反応もさまざまで

「すごくインパクトがあった。なかなか面白そう」
「演技力のある2人に注目」「窪田くんのダンス、めちゃうまい!」

と好意的な意見もある一方

「ちょっと今回はパス」
「70代の母が呆気にとられていた」

なんて否定的な意見も。。。


ドラマや音楽だけでなく、日常の身近なもの(特に人間関係など)において
最初の印象(第一印象)がよくないと、そのまま “離れてしまう” わけですが
何回かそれらのものに接していくうちに、だんだんその良さ(味)が分かってきて
のちの自分に多大なる影響を与えてくれるということも、よくあったりです。

みなさんの普段の生活の中で、“食わず嫌い” のままになっているもの・・・何かないですか?
もう一度その味を確かめてみるというのも、いいかもしれませんね。

いまこそ生活に『祈り』を〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

得体のしれないものに対する不安
目に見えない不安
いままで体験したことのない不安
生活や命が脅かされる不安
先の見えない不安 etc…

数多くの不安を抱えた状況において、また
自分たちの力ではどうすることもできないような状況において
私たち人類が昔からしてきたことがあります。

それは『祈ること』

歴史を紐解くと、テレビやネットはおろか
電気・ガス・水道… はたまた、通貨や貨幣すらない時代から
(それこそ1000年、2000年以上前から)
人々は生活の中で『祈り』をささげてきました。

『祈り』とは、自分の内なる部分や(神様・仏様といった)“心のよりどころ” に
家族や大切な人、社会や世の中の平穏無事を願うだけでなく
自身の心と体の安寧をはかるためにおこなった行為のひとつです。
(つい100年位前まで、いつ争いごとにまきこまれるか、いつ天候不順で食べるものがなくなって餓死するか、常に『生命の危機』を抱えて過ごしてきた)

争いごとや飢え死にすることもなくなり、生活が圧倒的に便利・快適になった現代において
仕事や人間関係といった日常のストレスは、レジャーや “キラキラしたもの” など
いわば『外部刺激』によって発散・解消していればよかったわけですが
自然災害や今回の新型コロナウイルスの感染拡大等、日常生活さえままならない事態になると
『外部刺激』に頼ることはまったくといっていいほどできなくなってしまい
結局のところ、自分の内なる部分を見つめなおしたり、“心のよりどころ” にお祈りするほかないように思えるのです。
(現実逃避すらできないような現実をちゃんと受け入れ、しっかり腹に落とし込める必要があるというか・・・)

そのため、できるだけ多くの方々が『祈ること』の大切さに気付くことを願うとともに
今回の “有事” がいち早く収束の方向に向かうことを切に祈りたいと思います。

『念』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回の続き(※)というわけではないですが
きょうは、『念』という漢字に着目して。。

『今の心』と書く『念』という漢字。

こころの状態は『息』に反映されてからだに現れてくるのと同様
自らのこころもまた、からだの健康状態に大きく影響を及ぼすものと思います。

そう。『念』とは、自らのこころ(気持ちや思い) のこと。

つまり、どんな気持ちや思いで過ごすことがからだの健康にいいのか
この一文字を通じて教えてくれていることになります。


詩人である坂村真民さんの詩をふたつ、ここで紹介したいと思います。

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 『今』

 大切なのは
 かつてでもなく
 これからでもない
 一呼吸
 一呼吸の
 今である


 『今を生きる』

 咲くも無心
 散るも無心
 花は咲かず
 今を生きる


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未来のことを思い煩ったり、過去のことを後悔しても
正直、あまり意味はないですよね。

それよりも大切なのは
今、目の前にいる人を大切にし、今、目の前にいることを大切にする ということ。

今、このときを大切に生きるということの延長が未来を創り
また、過去の体験をもよい記憶に創り替えていくのだと思います。

そう。今のこころがからだを動かし、健康や環境を創り出すように
今を明るく生きることで、過去も未来も照らされていく―――

『念』をいう字は、そういった “自然の摂理” を教えてくれる漢字のひとつと言えそうです。


 (※)『息』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/725

『息』という漢字が教えてくれるもの〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

普段気にも留めず必ず “している” もの・・・

それは『息』

その『息』という漢字について、ちょっと書いてみようと思います。

『息』という漢字が『自らの心』と書くことからもわかるように
自分のこころの状態が『息』に反映されますし
『息』の状態もまたこころに反映していることになります。

つまり、リラックスしているときや楽しく心穏やかなときは
深く、ゆっくりとした呼吸をしますが
逆に仕事に追われたり、ストレスを感じているときは
浅くて速い呼吸になりますよね。

そんなとき、大きく深呼吸すると
気持ちも少しずつ落ち着いてくるわけですが
それは「呼吸がこころに働きかけている」という見方もできると思います。


また『呼吸』は、字の通り
「吐いてから吸う」もの。

これから生命の活動をし始める赤ちゃんは
「オギャー」と泣いて(息を吐いて)生まれてきますし
人が亡くなるときは、「息を引き取る(一息吸う)」という言い方をしますよね。

そういった “自然の摂理” からも言えるように
深呼吸は、「吐いてから吸う」方が理にかなっているようです。


これから寒い日々がやってくるわけですが
その分、余分なチリや埃が舞わず、より澄んだ空気で呼吸することになります。

深呼吸する場面・回数を増やすとともに
自身のこころを意識して呼吸を整えていくというのも、とても大切なことだと思います。

すべては健全な体があってこそ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

つい先日まで国中を虜にしたラグビーワールドカップや、野球のWBCプレミア12の陰に隠れ
ひっそりと始まった感のある令和元年大相撲九州場所。

その大相撲(相撲)に限らず、武士道において
よく『心・技・体』という言葉を耳にするわけですが、この言葉・・・

柔道の父と称せられる嘉納治五郎氏が
その柔術独学書の中で述べたのが始まりとされ、改めて書いてみると

①『心』=精神の修養
②『技』=勝負師の鍛錬
③『体』=体の発育・健康維持


ということになります。

この順番だと、『心』が一番大事なような感じがしますが
私のイメージは、ピラミッド構造。

つまり、『体』が一番土台にあって、次に『技』、一番上のあるのが『心』
(登山のように、上に行けば行くほど習得するのが大変)

どんな人でも、『心』を変えることはすごく難しい。
だけど、健全な体は、少しの努力で手に入れることができると思うのです。

寝る時間、起きる時間を一定にしたり
食事の栄養バランスを少し意識して見直してみたり
1日5分でもいいからストレッチやウォーキングなどをしてみたり・・・

そう! 強い『心』は、健全な『体』があってこそ。

これからのシーズン。
おいしいものを食べたり飲んだりする機会も増えると思いますが
やはり、ほどほどにした方がいいような気がします。

『発酵』と『熟成』から学ぶこと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムでは、10月13日の『豆の日』にちなみ
豆に関するつぶやきを書いてみましたが、今回も少し関連付けて。
(前回URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/701

それは、発酵と熟成に関して。

発酵はたくさんの微生物の力を借りながら
一定以上の時間をかけて行われる自然の営みで
食材をおいしくしたり、栄養価を高めてくれたりと
免疫力の向上に大きな力を発揮してくれます。

例えば、大豆をそのまま一粒食べると、“いただく命” はひとつですが
納豆という発酵食品になると、その命は何億にもなります。
(何億もの納豆菌が “命” として存在することになります)

つまり、発酵という時間と手間をかけることで
有能な働きをしてくれるたくさんの『生命力』を
一緒にいただくことができるというわけ。

それ以外にも、発酵食品には
免疫力の70%をつくっているといわれる『乳酸菌』が含まれており
腸内環境を整えてくれる効果があるわけですから
まさに一石二鳥、一石三鳥にもなる食品といえそうです。

また、発酵と同じく、時間をかけて寝かせる『熟成』も
私たちに様々な恩恵と気づきを与えてくれます。


この、発酵と熟成・・・

共通していえるのは時間をかけて、じっくり行うこと」

そう。食べ物が発酵・熟成によって食材そのもののはたらきを高め、他の存在への有能なはたらきを増やしていくように
私たちが日々行っていることのなかにも
ある一定以上の時間をかけることで育まれていく大切なものがあると思います。

そういった意味では、時間をかけてゆっくり進む発酵や熟成という現象は
日々せわしなく働いている私たちに
「もっとゆっくりでいいんだよ」というメッセージとともに
本当の自然界のリズムを教えてくれているのかもしれません。

『豆』から学ぶこと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

すでに今年は過ぎてしまいましたが、一昨日の10月13日は『豆の日』なのだそうです。

なぜこの日が豆の日になったかというと

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日本において古来から
旧暦の8月15日と9月13日に月をめでる月見の風習があるわけですが
(8月15日→十五夜、9月13日→十三夜)
昔(月見団子の前)は、ちょうどそのころに収穫される作物として
十五夜には里芋を、十三夜は豆をお供えして食べる習わしがあった・・・

旧暦の9月13日は新暦にするとおよそ10月13日になることから
その10月13日を『豆の日』にした


(ちなみに十三夜は『豆名月』と呼ばれています)

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のだそうです。


さて、本題。

日本人が豆類を大切に扱ってきたことは昔からの周知の事実でありますが
大豆を発酵させて作る味噌・醤油・納豆などは
健康・長寿で知られる日本の食文化の代表として現在では海外にも広く知れ渡るようになりました。

また

頭・・・・・・・豆を食べると頭がよくなる
喜ぶ・・・・・・豆を食べるとカラダが喜ぶ
豊か・・・・・・豆を食べると心が豊かになる
嬉しい・・・・・豆を食べると嬉しくなる
登る・・・・・・豆を食べると山に登るための体力がつく
厨(くりや)・・食事を作るための場所

といったように、『豆』を含む漢字を見ても、その大切さを伺い知ることができると思います。


このほかにも、豆にはこれから発芽して生長し
新たな生命を育むためのエネルギーが凝縮されています。
(いわゆる『種』と一緒なわけですからね)

ひとつの生命体を育むための “源” をいただくことは
食べ物を丸ごといただく(一物全体)という考え方にもつながります。

例えば
穀物で言う全粒・・・
小魚で言う皮ごと骨ごと頭ごと・・・
野菜で言う葉ごと皮ごと根っこごと・・・

つまり、あの小さな一粒の中に、生命体を維持するために必要な栄養素が
自然のままの理想的なバランスで含まれているということになります。


豆に食べると、まめに動くことができ
こまめにカラダを動かす人は、足腰の筋肉が衰えにくく
いつまでも健康でいられるということで・・・

まめに豆を食べて、きょうもこまめに動くとしますか!

日々過ごしていく中にある感動や新鮮〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

以前のコラムにて、感動の反対のことば〔退屈〕について述べたわけですが
(参照URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/698 )
どうすれば感動を損なわないようになるのか、その工夫の仕方について書いてみたいと思います。


私は日常生活の中で、比較的よく歩くようにしているのですが
その『歩く(ウォーキング)』というひとつの行為をとってみても
まずひとつ、道順を逆回りにしてみることによって
いつもは上り坂だったのが下り坂になり
夕焼けを背にして歩いていたものが、赤い陽を正面に見ながら歩くことになり
また、エントランスばかり見ていた近所のマンションは
たくさん並んだバルコニーを眺めることになりますよね。

そのほかにも、車が対向方向から来ていた一本通行の道は、車が背面からくることになりますし
いつもは目立つお店の看板も、どこか物憂げに見えるかもしれません。

それ以外にも、ひとつ違った路地を歩くことによって
(いつも見慣れた)近所の風景と感じられない、まったく違った風景や光景に出合えたり
「こんなところにこんなお店があったんだ」といった発見があるかもしれません。


また、季節を感じる『色』に着目して歩くだけでもステキですよね。

例えば、これからの季節。
なんといっても紅葉の赤や黄色がめだつときなので、それらの色に着目してみる。
そして、もう少し寒くなったら、暖色系の色に着目して歩いてみる・・・など。


きょうのお仕事の帰り、ちょっと寄り道してみませんか。

いつもと違う発見があるかもしれませんね。