ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

日常のできごと・つぶやき

5年目突入!

みなさま、いつもありがとうございます。

2016年1月10日に、この『ハートオフィス・あおい』を設立。
きょうで4周年を迎えることになりました。

特にお祝いするわけでもなく、普段通り過ごし
ふと、なぜこの日に設立したのか振り返ってみたわけですが
その日。その年最初の『満月』だったことが大きな決め手となりました。

かくいう今日はというと・・・
設立した日と同じ、見事な『満月』が夜空を照らしているではありませんか(感動)

あしたから5年目突入!

気持ちも新たに、またがんばれたらいいなと
お月様を見ながら少し姿勢を正してみるきょうの私でありました。

『同窓会』は今の生活の充実ぶりを比べる場所なのか?

みなさま、いつもありがとうございます。

年末近くになると、『同窓会』関する話題がちらほら見られます。

端的に言うと〔出る派〕か〔出ない派〕か?

私は同窓会に出たことで、学生時代のちょっとした “モヤモヤ” だったり
“やり残し” “後悔” みたいなものをほどよく解消することができたので
「参加してよかった」と思っているのですが
(「会いたくない」と思っていた人に会ってしまったけど、「お、意外と “普通” かも」という発見もあった)
中には、「絶対参加したくない」という意見の方もいらっしゃるようです。

「参加したくない」理由は人それぞれなわけですが
私が個人的になんとなく気になっている理由のひとつに
「今現在の生活を自慢したり、マウンティングする人がいるから参加しない」
というのがあります。

確かに、自分と他人とを比較して落ち込んでしまうことって、よくありますよね。
(いい会社に就職しているだの、結婚して子供が何人いるだの etc… )

ただ、その一方で、そのように考えている人は
自分も仮に今 “成功” “充実” していたら、人に自慢したい欲望を強く持っている
からこそそう思うのではないでしょうか。
(自分が「したくてもできない」ことを他人が「している」のが気に入らない)

つまり、他人と比較して自身の人生の価値を図っている ということが言えると思います。

それでは、当然、同窓会に参加したくないですよね。

そういった人たちは、同窓会に限らず
普段の生活においても、他人軸の ”つまらない” 思考に覆われているのかも・・・

他人と比較しない、自分だけの、自分の中の『満足度』を増やしてみる必要があるかもしれませんね。

「♯忘年会スルー」についてどう思う?

みなさま、いつもありがとうございます。

若い世代を中心に「♯忘年会スルー」という言葉がはやっているようです。

つまり、会社の忘年会に出席しないこと。

私自身も若いころそのように感じていたので、気持ちはよく分かります。

「役職のついた人と、何をどう話していいか分からない」
「お金を払ってまで会社の人といたくない」


など、“ありふれた” 理由もさることながら、最たる理由に
会社や仕事における『自己肯定感』がとても低かったこと にある(あった)ような気がします。

「会社に貢献できていない」という思いや
自分の “未熟さ” を痛感させられる場面が数多くあったというか。。

「きょうもこんなに遅い時間までかかってしまった(とにかく、早く帰りたい)」
「またミスをしてしまった」
「上司や同僚にどう思われているんだろうか」
「こんな仕事、○○(期日)までにできるわけないじゃん」
 (← グチ)

そんなこんなのオンパレード・・・


その一方、忘年会は会社での人間関係を構築したり、仕事を円滑に進めるチャンス
(=会社でのストレスを減らすチャンス)でもありますよね。

多くの人に自分を知ってもらったり。
上司や同僚の〔会社では見られない/いい意味での〕違った一面が見られたり。
   ↓↓
 会社でのよそいきな自分と、普段のありのままの自分との差を
 縮めるチャンスという見方もできると思います。


現在、管理職や主要ポストについていらっしゃる方は
仕事の成果を常日頃から上げてきたのはもちろんのこと
そのような “チャンス” を上手に生かしてきた結果でもあるような気がします。


しぶしぶ忘年会に参加するか・・・おもいきって「スルー」するか・・・

きょうも多くの人たちがその選択にせまられているわけですが
(なんていったって、きょうは20日の金曜日ですからね)
個人的な意見としては、忘年会に出たくないような会社で働くのなら
いっそうのこと転職や独立などを考えた方が、(自身の将来のために)いいような気がします。


もちろん、会社そのものも(働いている人たちが忘年会に参加したくなるよう)
仕事内容・職場環境の改善や、風通しの良い組織づくりに努める必要があるわけですが。。。

『 Mr.ブルー ~私の地球~ 』という歌より

みなさま、いつもありがとうございます。

私の好きな歌に、八神純子さんの『 Mr.ブルー ~私の地球~ 』という歌があります。

https://www.youtube.com/watch?v=zeB0xnlRxmI
(Mr.ブルー ~私の地球~ / 八神純子HD(パノラマ太陽系ED風))

1980年に発売された古い曲ですが
私がこの歌の存在を知ったのは、それから20年後の2000年。

連日連夜、遅くまで続く慣れない仕事。無機質な毎日。
「これから一生こんな生活がずっと続くのだろうか」と
ため息交じりに真っ暗な夜道を走らせる車の中
なにげなくかけていたラジオの中からこの曲が流れてきました。

ちょうどこの曲が終わったころ、会社の寮の駐車場に到着。
空を見上げると、見事なまでのまんまるのお月さま。

乾いていた自分の心に、すっとしみ込んでいきました。


そして来年は2020年。
歌が発売されて40年がたとうとしています。

歌詞にある『故郷(=地球)』を傷つけるようなことをしていないだろうか
はたまた『争い』ごとをしていないだろうかちょっと自分を振り返ってみて
これからも自分なりに強く、やさしく、しなやかに、穏やかに過ごしていこうと思います。

1日1日、ていねいに。

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、誕生日を迎えました。

すっかりいい歳です(笑)

で、何か特別なことをしたかというと・・・まったく。

いつもと同じように食事。
そして、いつもと同じように仕事。
少しうたた寝。
テレビを見て、Youtubeで音楽を聴き、お風呂に入り、ふとんの中へ・・・

そんな、何気なく過ごした1日であっても
人によっては、一生忘れられない日になったりすることもあるんですよね。

良いできごと(幸)しかり。
悪いできごと(不幸)しかり。

そして、当然、生も死も。

改めて、1日1日をていねいに過ごしていきたいと感じる日でもありました。

環境問題の解決は人の『欲』を制することにあり!?

みなさま、いつもありがとうございます。

スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんが発端となり
世界中の若者が一体となって、環境問題に関するデモが世界各地で繰り広げられています。

地球温暖化に代表される、この悩ましい環境問題・・・

以降、私の個人的解釈ですが

環境破壊の大きな要因のひとつに、過剰な資本主義にあるような気がします。
(と申しますか、この1点に過ぎないかも)

そして、この過剰な資本主義を生むのは、まぎれもなく人間の『欲』


『省エネ』『ごみの量を減らす』といった目に見える環境対策はもちろん必要なのですが
常日頃から(ex 買い物をするとき、休みで時間を有効に使えるとき etc… )

「ほんとうにそこまでして必要な(欲しい)ものなのか」
「ほんとうにそこまでして〔行きたい/やりたい〕ことなのか」

自分自身に問いてみる必要がありそうです。

(ストレス解消のため服などたくさん買ってみたものの、結局使わず “タンスの肥やし” )

もちろん、無理に欲を抑える必要はないですけどね。

ただ、簡単な手段によって自分の欲を満たす方法は
(ex 食べる、飲む、ものを買う etc… )
過剰な物の生産を生み出すことになりますし(同時に、エネルギーの消費・ゴミの増大につながる)
過剰な資本主義、ひいては環境破壊を導くことと直結するような気がします。

よって、環境問題を解決させるための手段の一つに
地球上の人間一人ひとりが、自分の『欲』を上手にコントロールし
制することにあるといっても過言ではないのかもしれません。

夏の終わりに感じること

みなさま、いつもありがとうございます。

昼の空の青色よりも、夕方の空の茜色が少し強くなってきたような気がするきょうこのごろ。

以下、感じることは私だけなのかもしれませんが
夏は、ほかの季節と違って
『終わる』『過ぎる』ときの方が印象が強いような気がします。

特に、夏の終わりのこの時季
何か置きざりにされたような、ちょっとせつない気持ちになるのです。

でも、逆に言うと
これからくる秋を楽しみましょうというサインかもしれませんね。

食欲の秋なのか、芸術の秋なのか、読書の秋なのか分かりませんが
これからやってくる秋の日々を私なりに楽しもうと思います。
 

守ってあげたい ~夏休みの終わりに~

みなさま、いつもありがとうございます。

夏休みも終わろうとしているこの時期に。
(すでに学校が始まっているところも多いですけどね)

子どもたちは元気にしているでしょうか?

もし、自分が小学校やこども園の先生だったとしたら
『月の歌』に、この歌を子供たちに歌ってもらいたいと思います。

〔Youtube〕
https://www.youtube.com/watch?v=QpL-ED9cQ5I
(『守ってあげたい』原田知世)

いまはまだ守られるべき存在で、この歌詞の詳しい意味は分からずとも
いつか大人になり、誰かを守るべき存在にかわったとき
はたまた、守りたいと思う存在の人ができたとき
幼いころに刻まれたこのメロディーがふと思い出され
きっと優しい人になれるんじゃないかと。。。

とろこで、いまでも『月の歌』は存在するのでしょうか・・・

恥ずかしながら、私自身、どんな歌を歌ったのか
あまり覚えてはいないんですけどね。

歌を歌って思わず出た涙の気づき

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、ひさしぶりにカラオケに行ったのですが
そこで思わぬ出来事が・・・

とある歌を歌っていたとき
急に目の周りが熱くなると同時に口元が震え
涙がこみあげてきて歌えなくなったのです。

そんな経験をお持ちの方、意外といらっしゃるかもしれませんね。


その涙のわけは
歌詞のフレーズを口にしたからなのか、歌手や作詞・作曲者の人柄を感じたのか
はたまた、その歌が流行っていたころの心象風景を思い出したからなのか
自分でも分かりませんが、いずれにしろ、琴線に触れたということは
それらのものが、これから生きていくうえで心の支えのような役割を果たしてくれる気がするのです。

なにもこれは歌に限らず
音楽であったり、絵や作品であったり、本であったり、景色であったり・・・


まだまだ暑い日は続きますが、8月も下旬。
『芸術の秋』と言われるシーズンももう間もなくですよね。

本来の自分に “軌道修正” するため
ぜひ、よい歌、よい音楽、よい本、よい絵にもう一度触れなおしてみるといいのかなと思います。 

30年前に見た若木のその後

みなさま、いつもありがとうございます。

実家に帰るたび、ウォーキングする公園があります。

池があり、桜の名所であり、市民の憩いの場となっている比較的大きな公園。

当時通っていた小学校の通学路にもなっていました。

そして、今回も、実家に戻った際、いつものようにその公園を歩いたわけですが
ふと、小学生のときにで通学していた時に気になっていたとある木を思い出しました。

それは、周りの大きな木と違う
幹が細く、小さく、ちょっと弱々しい感じの若木。

子供心ながら、「この木が30年したら、どこくらい大きくなっているだろう」と感じたものでした。

そして、30年(以上)たった今・・・

相変わらず(?)周りの大きな木に比べたら
まだまだひよっこな感じはするけれど
それなりに “がんばって” 大きくなったような感じが見られました。

自分も、人も、その若木と同じような感じでちょっとずつ成長していっているのかもしれないですね。

また実家に帰ったとき、ゆっくりその公園を歩こうと思います。