ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2018年07月

履物をそろえる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

今年、第100回を迎える夏の甲子園。
きょうですべての出場校が出そろいました。

(個人的に、三重の白山高校初出場にはものすごく感動しました)

どこの高校かは忘れてしまいましたが
甲子園に出場する強豪校の中に
「履物をそろえる」ことから始める高校があるそうです。


ただ、この「履物をそろえる」ことに意味を見いだせないでいると
「なんのためにやるの?」と
疑問を抱くことになってしまします。

そう。

なかなか行動できない人の決めゼリフにもある
「なんのためにやるの?」

その言葉が出てくるのは
意図や目標といったものが明確でないことが
おもな要因として挙げられると思います。

一方、先に挙げた高校は「甲子園出場」目標のもと
部活動に関わるすべての事柄の意味合いが明確となっていて
各選手の野球技術向上はもちろんのこと
“限界まで” 挑める気持ちが養われています。


話を少し元に戻し
本来「履物をそろえる」という行為には
「自分の足元を見つめ、そこをしっかり固める」という
意味があるようです。
(禅語にある『脚下照顧(きゃっかしょうこ)』)

いまをおろそかにして一足飛びに進もうとしても
いつかはつまづいてしまうので
確実な今日の一歩の前にしか
明日を踏みしめる地はないということになります。

何もできない・・・という人がもしいらっしゃいましたら
まずは「履物をそろえる」ことを習慣にしてみてはいかがでしょうか。

それができるようになったら
身の回りのものの整理整頓や
一つひとつの動作をゆっくり行う必要のあることを
実施していくといいと思います。


自分の足元を固めるとともに、ものと向き合うことで
気持ちもゆったり落ち着き
普段はイライラしてしまう場面でも
比較的平常心を保てるようになるのでは。と思います。

「自分を知る」ための問い〔#30〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#30〕

あなたの今までの人生の中で起きた “奇跡的な” 出来事は何かありますか?


~答えを導き出すヒント~

1ヶ月近く前の話になりますが
タイで、洞窟の中に閉じ込められた少年たちが、9日ぶりに全員無事救助されたという
“奇跡的な” 出来事のニュースがありました。

このニュースのような奇跡的な経験はないにしても
自分の行動や実力で起こることのない、何かしらの出来事(出会いなども含む)は
少なからず、人生におけるひとつの『ターニングポイント』になっているような気がします。

逆な言い方をすると
「(出会い・縁・ハプニング等含め)人生における “奇跡的な” 出来事を利用しない手はない」
ということになると思います。


一方で、そのような “奇跡的な” 出来事を経験したことがないという人においても
毎日を平穏無事に過ごしていること自体が奇跡だという捉え方もできると思います。

「生きてるだけで丸儲け」のセリフではありませんが
一時話題となった『世界がもし100人の村だったら』の本を一部を掲載しますので
現在、こうして過ごしていることの “有難さ” を感じるとともに
より自身に対して、正直に、真摯に生きるためのキッカケになればと思います。

今後起こりうる “奇跡的な” な出来事に遭遇するために。


===================================

もし 現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで
全世界を人口100人の村に縮小するとしたらどうなるでしょう?

(中略)

6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍。
80人は標準以下の居住環境に住み、70人は文字が読めません。
50人は栄養失調で苦しみ、ひとりが瀕死の状態にあり
ひとりはいま、生まれようとしています。
ひとり(そう、たったひとり)は大学の教育を受け
そして、ひとりだけがコンピュータを所有しています。

(中略)

もしあなたが今朝、目覚めたとき、健康だなと感じることができたなら……
あなたは今週生き残ることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や、獄門の苦悩
あるいは飢えを一度も経験したことがないのなら……
世界の5億人の人たちより恵まれています。

もしあなたがしくこく苦しめられることや、逮捕、拷問、または
死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら……
世界の30億人の人たちより恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上には屋根があり、寝る場所があるなら……
あなたはこの世界の75%の人々より裕福で
もし銀行に預金があり、お財布にもお金があり、家のどこかに小銭の入った入れ物があるなら……
あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちのひとりです。

もしあなたの両親がともに健在で、そしてまだ2人が一緒なら……

それはとても稀なこと。
 

3種類の友情〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

多くの地域の小学校・中学校は、きょうが終業式。
あしたから夏休みに入ります。

学校がないことは当然うれしいと思うわけですが
その代わり、親しい友だち、好きな人と
少しの間離ればなれになってしまうかもしれません。


ところで、この『友だち』というもの・・・
みなさまは何人くらいいるでしょうか?

(友だちにも、いろいろ “種類” がありますが)


ちなみに、古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは
この『友だち』について(表現としては『友情』の方が正しい)
3種類あると提言しています。

1.有能ゆえの友情
2.快楽ゆえの友情
3.相手のために善を願う友情


この文字を見ただけでもおおよそイメージがつくと思いますが

一緒にいて「ためになる」
(1.有能ゆえの友情)

だったり

一緒にいて「楽しい」
(2.快楽ゆえの友情)

というのも、当然必要なわけですが
やはり、せっかくならお互いに相手のことを想いあえるような
関係性を気づいていきたいですよね。

何でも話し合えて、一緒に涙を流せるような・・・

また、何も友だちでなくても、大切なビジネスパートナーなどにおいては
この3の友情(相手のために善を願う友情)が成り立つような
関係性を築いているという見方もできるかもしれません。


そう。 大事なのは
紛れもなく『量より質』

自分が “想える” 人の数も知れてますからね。

『親友』と呼べる人は、それほど多くなくていいかのもしれません。

“うつ” になってよかった10つのこと

みなさま、いつもありがとうございます。

社会問題としてすっかり定着した “うつ”

うつに関する研究は以前に比べ格段に進み
現在では、脳のある部分の機能不全が影響している
「脳の病気」という認識が世界的にも定着しているようです。

ただ、病気とまでは言わないまでも
とりとめのない悲しみや失望感のようなものに襲われることは
(いわゆる『うつ状態』)
生きている限り、必ず誰にでもあると思います。

きょうはそんなときのために
“うつ” になってよかった10つのことを少しまとめてみました。
(うつ病体験者からの情報をもとに書いています)

現在、心身とも健康という方にも
ぜひ読んで何か感じていただけたらと思います。


1.前より人をやさしく思えるようになった
2.病気にならなかったら決して会うことのなかった人たちの出会いがあった
 (病院やセミナーなどの仲間、カウンセラー、本なども)
3.自分の弱さをさらけ出して生きられるようになった
4.家族や友人たちに迷惑をかけることで、彼らに本当に愛されていることが分かった
5.普通が幸せなんだと実感し、何でもない家族との時間をいつくしむようになった
6.人と比べて苦しむ自分の弱さを認識できた
7.仕事を離れ、家族とたくさんの愛おしい時間を過ごすことができた
8.子どもたちをむやみに叱らなくなった
9.人と絆を深めることができた
10.生きていることがありがたい(奇跡)と思えるようになった


上に書いたことは、なにも “うつ” に限ったことではなく
(『死』を意識させられるような)大きな病気をした方にも感じられることかもしれません。

かくいう私も、“うつ” と言わないまでも
生きているのが苦しいと思う時期が何度もあったので
上に書かれているようなことが身に染みて分かったりします。


また、私と同じように、病気と言わないまでも
何かで少し苦しい思いをされている方(されたという方)
それによって得られたものは何ですか?

きっとあるはずですよ。

バランスという計算〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

夏のボーナスシーズンということもあり
街中の百貨店やショッピングモールに代表されるように
各地でバーゲンセールが行われています。

昔から欲しかったもの、がんばった自分へのご褒美に
ついつい多く買ってしまう・・・なんてことも多いかもしれませんが

『何かを増やしたら、何かを減らす』

ごくシンプルなこの考えさえ守れば
人々の暮らしはきっと美しく整うでしょう。

新しいものが欲しくなったり、何か必要になったとき
“これ見よがし” にバーゲンで物を買うのもいいけれど、まずは
今あるものの中から整理できるものはないかと考える必要があると思います。

整理していく中で
忘れかけていたいいものが見つかるかもしれません。

つまり、美しい暮らしとは
バランスがとれた暮らしのこと。

バランスには
ある程度の賢い計算が必要になりそうです。

自分の中にある『答え』を引き出す ~「Why」の追求~

みなさま、いつもありがとうございます。

私たちカウンセラー(心理療法家と言った方がいいかな?)の仕事は
クライエントさんの抱える問題、悩み、不安、恐れ、迷いといったものを丁寧に傾聴することで
それらがいったい何の意味をもたらすのか、そして今後どう “生きていけば” いいのか
(クライエントさんの持つ)その『答え』を引き出す仕事と言われています。


『答え』を引き出す・・・?

問題や悩みを抱えていっぱいいっぱいなのに
『答え』なんて出てくるのだろうか・・・?
(むしろ『答え』や『アドバイス』を与えてほしいくらいなのに)

きっと、そう思われると思います。


一例を挙げてみますね。

「結婚を約束した恋人が、交通事故で死んでしまった。
 あの人は “どうして” 死んでしまったのだろうか・・・」


と苦しんでいるクライエントさんがいたとします。


“どうして” ・・・

この “どうして” は、大きく分けて
「How(いかに・どのようにして)」と「Why(なぜ)」の2種類があるわけですが
私たちカウンセラーは、特に後者の「Why(なぜ)」に対し、注意深く目を向けていくことなります。


クライエントさんの抱えている問題・苦悩・不安・迷い・・・
その中で、幾重にも繰り返される「Why(なぜ)」の数々・・・

その「Why(なぜ)」に対し
私たちカウンセラーが傾聴し、言葉や感情、涙などを丁寧に拾い上げ
それをクライエントさんにフィードバックしたり、質問を重ねていくことで
クライエントさんの中で『気づき』が生まれ、少しずつ “物語” がつくられていく・・・

クライエントさん自身が納得いくまでその “物語” は
作っては壊され、また作ってはまた壊され・・・

そしてようやく、長い年月をかけて作った “物語” の『終わり』が
クライエントさんの『答え』となっていく・・・


カウンセリングや心理療法のみによって得られる、特有のものといっていいのかもしれません。


=======〔補足〕=======

私たちが「How(いかに・どのようにして)」に目を向けない理由は
クライエントさんにとってその答えが心の部分において
“納得のいくものではない” 場合がほとんどだからです。

さきほどの「 “どうして” 恋人が交通事故で死んでしまったのか」を例に挙げてみると・・・

「How(いかに・どのようにして)」の答えを示す代表例に
「頭部脳挫傷による出血死です」という『死因特定』があります。

医学的検知によるこの答えは当然間違っていないわけですが
クライエントさんから見れば、残念ながら “納得のいく” 答えになっていないのです。

「自分を知る」ための問い〔#29〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#29〕

あなたの苦手なことは何ですか?
また、それを引き受けてくれそうな人は誰ですか?



~答えを導き出すヒント~

サッカーのワールドカップにマスメディアが一斉に注目し、連日連夜報道するさなか
その隙を狙ったといわんばかりに(?)『働き方改革』に関する法律が公布されました。

その法律の詳細はここでは省きますが
仕事において、また、仕事に限らなくても、家事やその他生活していくにあたって
ストレスが溜まってしまうひとつの理由に
「自分が苦手なことをしなければいけない」というのがあると思います。

内向的な人であれば、多くの人との人付き合いだったり。
じっとしていることが苦手で大まかな人であれば、細かく、緻密な作業だったり。


ただ、それを “ほんとうに” 自分でしないといけないかと言われると、どうでしょうか?
実は、自分(ひとり)で行う必要がないことが結構あるかもしれません。


人間は誰でも得意/不得意(苦手)があります。

多くの人は、自分が思う苦手だと思う部分を隠そうとしたり
隠しきれずに、ちょっとしたストレス、悩みといったものを抱えてしまうわけですが
反面、気に留めていただきたいことが1つあります。

それは
(自分の苦手なところを)得意としている人の『役割』

自分に苦手なものがあるということは
それを得意にしている人にとって何らかのお役に立てられる可能性があるわけです。


例えば、手先が不器用。

手先が器用な人からみれば、不器用な人がいるからこそ自分の長所に気づき
自分の『役割』を果たすことができる。
「誰かの役に立ちたい」という大事な欲求のひとつを満たすことができている。
(商売もこのような関係でなりたっていたりしますよね)


「なるべく人に迷惑をかけないて生きたい」と思う人は多いです。
そして、得体のしれない『完璧さ』を目指す人も多いです。

ですが、人間生きている限り
必ず多くの人や自然に迷惑をかけて生きているわけですから
苦手な部分(短所)を打ち消そうとせず、支え合って生きていけばいいのだと思います。
(仕事ではなおさらそう感じます)


つまらないプライドを捨て
「素直になれるかどうか」「人に頼めるかどうか」
というところもあるかもしれませんね。

体の声に耳を傾ける〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先月ですが、2週間ほど体調を崩し
仕事や人に会うことを含め、日常生活そのものを
“セーブ” せざるを得ない日々を過ごしておりました。

(豊橋、桑名の2つのイベントも中止致しました)

今思えば、自分の体をないがしろにし過ぎたところがあったかもと反省しております。

体調を崩したことによって生活習慣や食生活を見直すことを
皆様も一度はされたことはあると思いますが
もう少し私が体調を整えるうえで大事だなと思ったことがあります。

それは、体によいことをするのはもちろんのこと
自分の肉体を最大限に活用・発揮させるために
お風呂や寝る前など、リラックスした時間に「体の声に耳を傾ける」ということです。

もちろん、実際に耳を傾けてみても何も聞こえないわけなので
どうするかというと、体の様々な箇所をさすりながら
「調子はどうかな?」「疲れていないかな?」「いつもありがとうね」といたわり、声をかけていく・・・

自分の頭(思考)と肉体とを切り離して
肉体を客観視するようなイメージで。

こっている部分があれば、当然そこは硬くなっていますし
異物やばい菌がいるところはその部分は熱を帯びています。
また、ストレスが溜まっていたり、パワーが落ちているときは
お腹周りが少し冷たくなっていたりします。

そのような体からの “メッセージ” を一つひとつ丁寧に確認し
いたわり、声をかけていく・・・

「肉体と対話する」

この表現がしっくりくるかもしれません。


ちなみに、仏教の世界では
生きている間は、肉体を “借りている” という考え方をするようです。
(ちょっと漠然としてますが、確かそうだったと思います)

そう。

自分の体でありながら
実は、それは『借りているもの』

そう思うと
単なる生活習慣や食生活の見直しというレベルを超越する
もっと大事な体との付き合い方ができるのかもしれません。

社団法人『家族と心の研究所』講演会のご案内(7/23 @名古屋)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が理事をつとめております
一般社団法人『家族と心の研究所』より、講演会の案内です。


テーマ『家族の中で学ぶこと』シリーズ(1)~「ない」が「ある」に変わる瞬間~

日時:2018年7月23日(月・祝)
   14:00~16:30(13:30受付開始)

場所:ウインクあいち 907会議室
   (JR名古屋駅 桜通口からミッドランドスクエア方面 徒歩5分)

講師:伊藤 典子
   (『フォーシーズン』代表)
   (一般社団法人『家族と心の研究所』理事)

料金:会員2000円 非会員2500円
   (いずれも税込)

受付メールアドレス:info@kazoku-cocoro.or.jp


※『家族と心の研究所』のURLもご参照ください。
http://www.kazoku-cocoro.or.jp/