ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2018年09月

まちミル博覧会(@日進市):イベント出展します(10/6、10/27、11/10)(再送)

みなさま、いつもありがとうございます。

以前紹介したイベントの紹介の再送です。

私の住んでいる愛知県日進市の町おこし事業の一環として
『ぐるぐるNISSHINまちミル博覧会』というのがあり
市内に住む方が様々な催しものを単独講座という形で出展するのですが
私もその中の一員して出展することになりました。

内容は、以前のイベントと同じように
座学とワークショップを組み合わせた講座になります。

詳細を下記に示しますので
ご興味ありましたら、ぜひ、ご参加いただきたく思います。

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テーマ『メンタル・ストレッチ ~しなやかな心のつくり方~』

〔日時〕
10月6日(土)、10月27日(土)、11月10日(土)
(いずれも同じテーマを扱います)

〔時間(以降、いずれも)〕
13:30~16:00(13:00受付開始)

〔場所〕
日進市商工会館 2階 研修教室(日進市役所向かい側)

〔料金〕
2000円

〔内容〕
~前半(講座)~
・ストレスとは何か
 →そもそも、なぜその刺激を “ストレス” と捉えるのか
  (体にどんな反応が起きているのか)
・ストレスを必要以上にためないために
 →刺激に対する捉え方を上手に “選択する”
  (無理にポジティブシンキングは必要なし)
・ストレスがたまったら/メンタルがまいったら
 →まずは身体感覚にアクセスする
 →たまったものをいかに “出し切るか”
・しなやかに生きるために必要なこと
 →精神的安定・経済的安定はときに大罪をもたらす
  (不安定感こそ自分らしさを発揮できる)
 →自分の人生経験(リソース(財産))を生かす
 →一方で、いままでの自分の人生を少し疑ってみる
~後半(ワークショップ)~
・「自分を知る」ための問い
・参加者の皆様による感想、気づき、持ち寄りテーマなど意見交換会

〔詳細URL/申し込み〕
https://machimiru-haku.com/events/180

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ぐるぐるNISSHINまちミル博覧会について

〔URL〕
https://machimiru-haku.com/

〔Facebook〕
https://www.facebook.com/ぐるぐるにっしん-1835660869998989/

眠りにつく前の『祈り』〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「秋の夜長」と言われる季節となりました。

私の中に
「夜が長くなる」=「睡眠時間が少し長くなる」
という勝手なイメージがあります。

そこできょうのテーマ。

ぐっすり、安らかな眠りにつくためには
遅くまで明るい部屋の中でテレビを見たり
携帯・スマホをいじったりしない方がいいのは皆さんもご承知かと思いますが
もうひとつ、私なりに大事だなと思うこと・・・

それは『祈る』ことにあると思います。


きょう一日を無事に過ごすことができたことへの
『感謝』の気持ちとともに
その日お会いした方や大切な人への『想い』

「楽しい時間をありがとう」
「あんなことを言って、ごめんなさい」


スピリチュアルな観点でいうと
夜、眠ることは死ぬことと同じだそうです。

自分の寝室が、きょうの自分の『死に場所』であり
着ているパジャマや下着が、きょうの自分の『死に装束』

きょうという一日の『死』を迎えるとき
どんなふうに過ごしたいのか・・・

少し意識してみるのもいいかもしれませんね。

「自分を知る」ための問い〔#33〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#33〕

あなたが親に感謝していることは何ですか?


~答えを導き出すヒント~

9月の第3月曜日は『敬老の日』です。
(今年はもう過ぎてしまいましたけどね)

私の両親は70代半ばの歳ですが、2人とも大きな病気もなく元気に過ごしているので
子どもとしては大変うれしい限りです。


さて、「親孝行したいときに親はなし」なんて言葉をよく耳にしますが
長い人生を見たとき、ずっと順風満帆に何の問題もなく『親子関係』を進めていけるかというと
やはり、なかなかそうはうまくいかないようです。

「自分のやりたいことを許してもらえなかった」とか
「(弟、妹ばかりひいきして)自分に愛をささげてもらえなかった」とか
「父親の言うことが絶対で、家庭に温もりや安らぎがなかった」など
親を “恨んでしまう” ような思いも、人によっては出てくるかもしれません。


ただ、その一方で、少しスピリチュアルな話になりますが
「子どもは遠い空から自分の親になる人を選んで生まれてくる」なんて話もあります。

 (映画『かみさまとのやくそく ~あなたは親を選んで生まれてきた~』)
  http://norio-ogikubo.info/

少なくとも自分の『命』を与えてくれた存在であるわけですからね。
1%でも感謝する気持ちがあれば、そちらに目を向けた方が幸せでいられるような気がします。


また、「子どもを産んで初めて親の苦労が分かった」という話もよく聞きます。
もしみなさんに子どもがいないとしたのなら
いまの自分に “ほんとうに” 子育てができるかどうか想像してみるのもいいかもしれませんね。


そんな思いもあって、今回、この質問にしてみました。

さきほどの言葉(「親孝行したいときに親はなし」)の繰り返しになってしまいますが
できれば、親が生きているうちに感謝の心を伝えておきたいところだと思います。

『うつ病』は重度の “生活習慣病”

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のプレリリースにて
“うつ” は生活習慣病の予備軍のようなものであることを書きましたが
(前回URL:http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/475
一方で、病的レベルの “うつ” は、それこそ、人の一生を左右する
かなり重度の “生活習慣病” であるような気がします。


周りが見て、あきらかに「いままでと違う」と感じるようなとき・・・

 〔例〕急に感情的になる  思いがけない弱音を口にする
    奇声を上げる  ただ1点のみをぼーっと見つめている
    動作や表情が鈍くなる  ふわふわした歩き方をしている  など

いち早く専門の大きな病院で受診された方がいいのかもしれません。
(街中にある心療内科ではない、ちゃんとした検査設備の整っている施設)
    ↓↓
  光トポグラフィ検査、脳波検査、CT、MRIなどによって
  “病的なうつ” は『脳の病気』として診断・治療していただけるはずです。
  (ただ単にその症状にあわせて薬を出すだけのようなことはしない)


上記と同じようなことを、劇作家の鴻上尚史さんは
「うつ病は心の骨折である」という表現を使って説明しています。

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先日、ネットで「うつ病は、脳のこむら返りみたいなものだ」という表現を見ました。

これは「うつ病なんてのは、気合が足らないんだよ。根性とガッツで乗り越えるんだよ!」と言いがちな体育会系の人達(いや、もちろんイメージですが)にも「こむら返り」は気力や根性ではなんともならない病気だと簡単に理解できる、とても的確な言い方だと思いました。

経験した人は分かりますが、脚がこむら返りを起こした時は、根性で走ったりガッツで伸ばそうと思ってもムダです。
筋肉はぎゅーっと固まり激痛が伴います。気合で乗り越えようとすればするほど、痛みが増すのです。

この痛みは、体育会系であればあるほど、経験しているでしょう。
「うつ病はこむら返り」と表現することで、「そうか。それは大変だなあ」と理解する人が増えると思います。

僕はずっとうつ病を「心が骨折したようなもの」と表現してきました。
これはうつ病は「心が風邪をひいたようなもの」という言い方があって「風邪なんてのは、気力で治るんだよ。いや、そもそもたるんでいる奴がひくもんなんだよ」という精神論を徹底的に否定するために言っているのです。

風邪は病院に行かなくても治るかもしれないけれど、骨折は病院に行かないとちゃんと治らない。
そう言いたいために「骨折」という表現を使っています。


(AREA連載企画「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」2018.9.4 より一部を抜粋)

“うつ” は生活習慣病の予備軍?

みなさま、いつもありがとうございます。

“うつ” というものを分かりやすく伝えるために
いろいろ言葉を考えたり、比喩表現を用いたりしているわけですが
最近、私が “うつ” について気がついたことは
”うつ” も、いわゆる生活習慣病の予備軍のようなものではないかということです。


私が “うつ” っぽくて苦しんでいたころの話・・・

まず、性格的にどうかというと
自分に自信がなく、人にどうみられるか、その評価ばかりを気にしていたり
家庭環境などを言い訳に何かに挑戦することをあきらめていたり・・・

それにも増して
仕事や人間関係を必要以上に優先し過ぎたため(必要以上の頑張り、空気の読みすぎ etc…)
自分のための、基本的な生活さえおろそかにしていたことに
つくづく愚かさを感じざるを得ません。

(まさに自分をないがしろにしていた。というか)


例えば、寝る時間。

息抜きする時間をつくりたいということで
夜遅くやっているバラエティー番組を観て夜更かししたり。
   ↓↓
 身体だけでなく、脳や心を休ませる最良の手段が睡眠であることを
 まったく無視してしまっている


そして、食べる時間。

手軽に食べられるものですまそうと
(惣菜など)既に加工済の商品をおかずにしたり、サプリメントで補ったり。
   ↓↓
 必要な栄養がとれていたのならそれほど悪いことではないのかもしれませんが
 素材そのものを買って自分で料理するに越したことはない


そして、自分だけの時間。

急に手持ちぶさたになって
ただネットやテレビを見るだけで過ごしてしまったり。
仕事までの準備期間みたいな位置付けにしてしまったり。
   ↓↓
 自分自身に向き合わず、「人生こんなもんだ」と自分に “言い聞かせ”
 ただ社会や周囲に “流されるだけ” のいたずらな日々


忙しい生活が続くと
「疲れたら休む」という基本的なことも忘れてしまう――


そう。

“うつ” であるということは
自分自身の生活・生き方を変えるチャンスであるということ。



趣味が充実していたり、気軽に話し合える友人が多いのなら
“うつっぽくなる” 可能性は低いわけですが(ないわけではない)、一方で
我を忘れて没頭できるもの(趣味のようなもの)がなく、気軽に話し合える友人も少なく
(もしくは、何かに没頭できる時間をとれず、気軽に話し合える時間をとれず)
上に書いた『寝る時間』『食べる時間』『自分だけの時間』をおそろかにし続けたままでは
病的レベルまで発展してしまう可能性があると思います。


つづきはあした書きたいと思います。

社団法人『家族と心の研究所』講演会のご案内(9/22 @名古屋)(再送)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が理事をつとめております
一般社団法人『家族と心の研究所』より、講演会の案内です。


テーマ『組織マネージメントと心理カウンセリング』

日時:2018年9月22日(土)
   14:00~16:30(13:30受付開始)

場所:愛知芸術文化センター 12階 アートスペースEF室
   (名古屋地下鉄栄駅 徒歩3分(地下通路直結))

講師:大高 直樹
   (一般社団法人『家族と心の研究所』所長)
   (『ココロホット・コンサルティング』チーフコンサルタント)

料金:会員2000円 非会員2500円
   (いずれも税込)

受付メールアドレス:info@kazoku-cocoro.or.jp


※『家族と心の研究所』のURLもご参照ください。
http://www.kazoku-cocoro.or.jp/

 

やさしさの原点〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

かれこれ1ヶ月以上前になりますが
母親と5歳の子どものやりとりに関するあるツイートが
一部で話題となりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「仕事したくない、でも仕事しないとお金もらえないんだよ」って
息子に愚痴っていたら、息子がお財布から50円出してきて
「これあげるからもう仕事しなくていいよ。ぼくとあそぼう」と言ってくれたので
お給料50円の息子と遊ぶ仕事に転職しようと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆様はこのツイートを率直に見て、どのように感じましたか?

私の率直な感想はというと、この母と子のやりとりに
『やさしさの原点』を見たような気がしました。

少し詳しく書いてみると・・・

『忘己利他(もうこりた)』の精神に近いながらも
(自分(子)が犠牲になって終わるだけではなく)
あくまで、「自分が母親と遊ぶため」という
主体的な思いのためにやっているということ。

そう。

『やさしさ』って、自分を犠牲にしてまで
人のため(だけ)にやることではないんですよね。

少し見方を変えると
自分をおろそかにしないからこそできると
言えるかもしれません。

(そうでないと、単に「都合のいい人」になってしまう)


ちなみに、このツイートに関し
「子どもに仕事の愚痴を言うなんて」という反応もあったようですが
「泣けますね」とか
「子どもって、たまに本質をついてきますよね」といった反応が
大変多かったとのことです。


私自身も、この文章をお読みいただいている皆様も
(昔の細かいことは忘れてしまっているけれど)
子どものころ、こういった『やさしさの原点』のような出来事が
きっとたくさんあっただろうなと思います。

眠れぬ夜に〔#1〕『喜び』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ 〔#1〕

『喜び(よろこび)』とは・・・
『苦しみを受け止めること』である。



〔解釈とヒント〕

「明日が楽しみで夜も寝られない」

子どものころ、誰もが経験したであろうこの思い・・・

それが大人になるにつれ喜びは小さくなっていき
むしろ悩んで眠れなくなってしまう夜の方が多くなっていきます。

しかし、冷静になって1日を振り返ってみると
小さいながらも、しあわせと感じる場面が少なからずあるのではないでしょうか。

そう、大切なのは
 何気ない日常の中でいかに小さな『喜び』を感じられるか
というところにあると思います。

本来、人は誰も同じように
『苦しみ』と『喜び』を平等に味わうものですが
楽しそうに生きられる人とそうでない人がいるのは
苦しみの受け止め方が異なることにあると思います。

そういった意味では、苦しみから目を背けたり、逃げようとせず
苦しみと戦い、苦しみを本質的な部分で受け入れているほうが
強く、明るく生きていけるような気がします。

(日常を『苦しみ』と表現するのはちょっと重たい感じがするかもしれないですけどね)

このことを少し例に挙げて言うなら
“あたりが真っ暗で漆黒の闇の中にいるからこそ、夜空の星がまたたいて見える”
ということになるのかもしれません。

また、やまない雨がないように
人生は苦しみばかりであるはずがないので
きょうの『苦しみ』は来るべき『喜び』のための “貯金”
と考えられるといいかなと思います。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

新カテゴリー「明日につながる希望の哲学」

みなさま、いつもありがとうございます。

きょうから『新着情報』の欄に、新たなカテゴリー(テーマ)
「明日につながる希望の哲学」を設けることにしました。

自分の中で何か問題ごとを抱えたとき、それについて
悩んだり、不安や迷いが生じたり、解決しようと躍起になったりするわけですが
その結果、夜も眠れずに悶々としてしまう場合が多いように思います。

そんな中、私が最近になってようやく気付き始めたことですが
その問題に立ち向かうよりも、(客観的にみられるよう)少し距離を置いて
自分にとってどういう意味があるのかを考えたほうが
自分なりの “答え” が出てきて、後の生活に生かされることが多かったりします。


では、どうやって自分なりの “答え” を出すのか・・・

その答えを出すのに役立つのが『哲学』です。

というのは、哲学そのものが物事の本質を探究する学問であるので
自分の一日の行動、身の回りにおこった出来事などが
いったいどういう意味を持つのか、答えを導いてくれるからです。


眠れない夜に哲学なんて考えだしたら、ますます寝られなくなると思うかもしれませんが
同じことを思い悩んで頭の中を巡り廻るくらいなら
いっそ徹底的に考えて、自分の中で納得した方が楽になると思います。


具体的にどうこのカテゴリーに書いていくか言いますと
哲学者・小川仁志さんの著書『眠れぬ夜の哲学』(PHP研究所)をもとに
普段より使われる抽象的な言葉(※)について、その哲学的意味について綴っていきたいと思います。
(『○○』とは『△△』である というように)

哲学的意味を知ることで、ご自身が抱えている問題や悩みが解決するものではありませんが
具体的イメージをつかむことで、自身のかかえる問題を解決するための足掛かりになると思います。

月1回のペースで、合計36個の言葉(※)を予定していますので
眠れない夜に、どうかご愛読いただけたらと思います。


 (※)喜び、怒り、不安、嫉妬、家族、仕事をする、けんかをする
    明日、幸せ、夢、勇気、希望 など…
 

精神科医・名越康文先生講演会(9/1)に参加して

みなさま、いつもありがとうございます。

先週の土曜日(9/1)の話になりますが
数多くのテレビ出演や執筆などでご活躍されている
精神科医・名越康文先生の講演会に行ってまいりました。
(名越先生プロフィール:http://nakoshiyasufumi.net/ )
(9/1,2 開催『中日健康フェア2018』内催し物にて @名駅スパイラルタワー)

芸能人のふとした発言・行動・仕草から、その裏に潜む心理状態を冷静沈着に分析し
また、テレビなどを見ても、とて穏やかな口調でお話しをされるので
とても賢く、イライラとは無縁なイメージのする名越先生ですが
そんな先生でさえも、大学生のときに

・目の前にいる人が急に遠くに見えるようになる
・勉強するために本を読んでも、いつも同じ行ばかりを見てページがめくれない

などの “うつ” を経験されたとのことでした。

先生の話を聞かれて励みになった方も、きっと多いと思います。


精神科医や私たちカウンセラーは
クライエントさんの言葉・感情・仕草で表現できない苦悩、葛藤、怒り、もどかしさなどを
真正面で受け、冷静に応対しなければなりません。

そのためには
目の前で起こっている出来事に対し、感情に流されないのはもちろんのこと
常に “自己一致” した状態で、かつ平常心でいる必要があります。
(自分の『思考』『感情』『行動』が一致している)

感情に流されない・平常心でいるということは
客観的に、かつきわめて冷静に自分を見つめているような状態であり
また、わずかながらも、独特の緊張感を持った状態でいるので
見る人によっては、表情が乏しく、何を考えているか分からない人に見えるかもしれません。

でも、その(無機質な)表情は、裏を返すと
「みなさんのこと、ちゃんと受け止める準備ができていますよ」のサインでもあるのです。

そういった意味では
半分健康で半分不健康な “感覚” を併せ持った人の方が
ほんとうの支援ができるのかもしれませんね。


私も、名越先生のような空気感をめざし
日々研鑽しながら過ごしていきたいと思います。