ハートオフィス・あおい

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2018年11月

「自分を知る」ための問い〔#35〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#35〕

人は何のために働くと思いますか?


~答えを導き出すヒント~

11月は『勤労感謝の日』という祝日があります。
その制定意図はいろいろ複雑な事情があるようですが
祝日でお休みになるというのは、やはり、うれしいものです。

今回は、その『勤労』に関する質問。

改めて『働く』ことの意味について考えてみたいと思います。


諸説ありますが『働く』の語源は
「傍(はた)を楽にする」とあります。

「傍(はた)」とは、他者のこと。

また「傍(はた)」が「傍ら(かたわら)」と読めるように
特に自分の身の回り人を楽にすることを指しているようです。

つまり、昔は(現在のように『仕事(賃金労働)』を指すわけではなく)
もっと広い意味で『働く』が使われていたわけで

家族を楽にすることも『働く』
地域のためにお手伝いすることも『働く』
食料として山や海で獲物を獲ってくることも『働く』

ということになります。


さて、話は元に戻り

「傍(はた)」を楽にしたその結果が『お給料』と考えると
少し見方も変わってくるのではないでしょうか。

目的をもたず、ただ漠然と言われたことをそのままするのではなく
自分の仕事のその先に、傍を楽にしている部分を見出すことができれば
少しは仕事に対する思いが楽になるような気がします。

また、働いているときにどんな喜びを感じるか・・・
動機やモチベーションを保つ(もしくは、取り戻す)意味においても
普段から考えておくことも必要かもしれませんね。

『味わう』レッスン〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムにて、心に迷いや不安が生じないために
『行動』と『思考』を一致させることで『いま・ここ』に意識を向ける必要があるとしたわけですが
(前回URL:http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/514
きょうは具体的にその方法について書きたいと思います。


端的にいえば、ひとつの物事を
じっくり『味わう』ことにあると思います。


例えば、喫茶店に行ってコーヒーを飲もうとした場合

・きょうのスケジュールの確認
・会わなければいけない人のこと
・解決しなければいけない案件

など考えるのをやめて
(それをする目的でお店にいくのであればいいですが)

せっかくお店に行っておいしいコーヒーを飲むわけなので

・コーヒーが出てくる前の “ワクワク感” を楽しむ
・(コーヒーが出された際)その香りを楽しむ
・その色を目で確かめる
・カップを持ち上げたときにその “重み” を感じる
・その味や熱さを感じる
・舌で味わい、喉から胃に流れ込むそのときに「ホッとした」気分を味わう

など、自分の『五感』を十分に働かせ、『味わって』コーヒーを飲む。


そう。

コーヒーを飲んでいるときだけは
仕事のことや心配ごと、しなければいけないことなどを頭から追い出し
一杯のコーヒーにゆったりと意識と時間を集中させる “レッスン” をする。


コーヒーの味だけでなく
その店の雰囲気・空気感まで味わうことができるようになると
仕事や家事をするときはもちろんのこと
人と話をするとき、歩くとき、食事のとき、お風呂に入っているとき etc…
さまざまな場面においてその “感覚” が広がり
“自己一致した” 生活が過ごせるようになると思います。

(自己一致:思考、感情、行動が一致していること)
 

『ながら○○』をしない〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

忙しい毎日・・・
日常生活の中で、2つのことを同時に並行して行うということもあると思います。

また、並行して行わないにしても
やっていることと頭で考えていることがバラバラということは
実によくあるような気がします。


例えば、お昼休みに食事をしているとき

「午後から○○をしなければいけないなぁ。
 あ、△△も今日中に片づけないといけないんだった」

など、仕事や家事のことに意識がとらわれているように。

空腹感を満たして自分を満足させるだけでなく、明日への健全な身体をつくるために
食事をするという『行動』をとっているにもかかわらず
頭の中であれやこれやと否定的な思考をしていれば
(『行動』と『意識』の不一致による)情報の混乱が生じ、心と体に不調和が生じます。

こんなときは、やはり、「心地いい」とは程遠い状態にあります。


そして、もうひとつ問題なのは
上記のような “ながら状態” を続けていくと
(『行動』と『意識』が一致していない状態)
自分の中に不調和がどんどん蓄積されてしまうので
『満足感』や『充実感』を味わう感度が失われてしまうことにあります。

(上の例でいくと、「おいしい」食事をとっているにも関わらず
 「おいしさ」の感動がほとんど味わえていないままただ食べている)


少し言い換えると “ながら状態” をしているということは
どこか心に迷いや不安を生じてしまっているということ。

できることなら、『行動』と『意識』一致させることで
『いま・ここ』に意識を向けるとともに
(ex 食事をするときは、各々の食材を『味わう』ことに没頭できるようにする)
一つひとつのことをできるだけ丁寧にこなす必要がありそうです。

童謡『ぞうさん』の歌詞に込められたエピソード〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

きょう11月16日は
詩人 まど・みちおさんの誕生日だそうです。

まどさんには数多くの作品(詩、歌詞、絵画)があるわけですが
最も有名なもののひとつに、童謡『ぞうさん』の歌詞があります。

 ♪ぞうさん ぞうさん おはながながいのね
  そうよ かあさんも ながいのよ

  ぞうさん ぞうさん だれがすきなの
  あのね かあさんが すきなのよ

日本人なら誰もが知っているこの歌詞・・・
ちょっとしたエピソードがあるようです。


それは、この歌詞には『設定』があるようで

「子どものゾウが悪口を言われたときの歌」

なのだそうです。

他の動物から「君は鼻が長いからおかしい」と言われたことに対し
子どものゾウは、しょげたり怒り返したりすることなく、むしろ

「大好きなかあさんも長いのよ」

とほがらかに切り返し、それを誇りにしている。 という歌なのだそうです。


つまりは

「鼻が長い」と言われれば、ふつう「からかわれた」と思うけど
子どものゾウは「おかあさんだってそう」「おかあさん大好き」と言えている

とても素晴らしいことだ――

(『まど・みちお――「ぞうさん」の詩人』(河出書房新社)を引用)


このようなエピソードを聞くと
よりいっそう、じっくりと聴いてみたい感じがしますよね。

みなさんが普段何気なく聴いている音楽の歌詞やメロディーにも
実はこういった心温まるエピソードがあるのかもしれません。
 

眠れぬ夜に〔#3〕『不安』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ 〔#3〕

『不安(ふあん)』とは・・・
『生きていくための力』である。



〔解釈とヒント〕

「不安で夜も眠れない」ときはありませんか?

私も以前はそういうときがありました。

現在、眠れないほどの不安に襲われることはめったにないですが

「仕事がなくなったらどうしよう」とか
「貯金がなくなったらどうしよう」とか
「近しい人を失ってしまうのではないだろうか」など

常に不安がつきまとっています。


ただ、これらは決して
私の精神状態が不安定だからというわけではないと思います。

程度の差はあれ
同じようなことを思う人が周りにたくさんいるわけですから
“特別な治療” をしなくても
自分にとって “しっくりくる” 捉え方見つかれば
ある程度の納得が可能だと思います。


では、話を元に戻して。

『不安』は、どうしてもネガティブに捉われがちですが
ドイツのマルティン・ハイデガー(1889-1976)という哲学者は

 本来、人は日常の中で
 同じ作業(仕事、家事、子育て、レジャー etc… )を繰り返し
 それが極めて当たり前のように思うわけですが
 “ある出来事” をきっかけに
 本来あるべき存在のあり方(つまり『自己』)が呼び起こされ
 自分と向き合うようになる・・・というもの。

 その “ある出来事” というのが『不安』である。


と、肯定的に捉えて発言しています。

(『不安』の最も究極なものは『死』にあたり
  『死』を意識して初めて自らの『生』に向き合うことができるといえる)


つまり

『不安』であるからこそ、『不安』を感じているからこそ
私たちは『生きていること』を実感できる


ということになります。

(そうでなかったら、ただ漠然にのらりくらりと過ごしているだけになりますよね)


生きている以上、『不安』とつきあっていかなければならないわけだから
それを力に換えてしまおうという考えは、すごく心強いと思いませんか?

『不安』をバネに・・・

眠りから覚めた後、自分なりにまた頑張ってみようと思います。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

社団法人『家族と心の研究所』講演会のご案内(11/23 @名古屋)(再送)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が理事をつとめております
一般社団法人『家族と心の研究所』より、講演会の案内です。


テーマ『私に起きた革命 ~家族への見方が変わるということ~

日時:2018年11月23日(金・祝)
   14:00~16:30(13:30受付開始)

場所:愛知芸術文化センター 12階 アートスペースEF室
   (名古屋地下鉄栄駅 徒歩3分(地下通路直結))

講師:柴田 智世
   (名古屋柳城短期大学 保育科 准教授)

料金:会員2000円 非会員2500円 学生500円
   (いずれも税込)

受付メールアドレス:info@kazoku-cocoro.or.jp


※『家族と心の研究所』のURLもご参照ください。
 http://www.kazoku-cocoro.or.jp/

自分の『素材』を生かす〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、今季初めてとなる鍋料理をしました。

具材を入れるだけで難しい調理をする必要はないし
しかも、素材の味そのままに、栄養もまるまる摂れることもあって
これから春にかけて、大活躍してくれるのは言うまでもなさそうです。

また、鍋料理に限らず
素材そのものを生かす料理は、栄養の面でのメリットだけでなく
余分な加工・味付けなどが省かれると同時に
捨ててしまう部分(ゴミ)も減るという
エコの部分においても効果がありそうです。


と、考えると
食材に限らず、私たち人間も同じことがいえるのかもしれません。

自分という『素材』が何であるか
(『素材』だけでなく、『素質』という部分においても)

そして、自分がどんなことをすると
自分の能力が発揮できると同時に
周りの、そして社会の役に立てるのか・・・

自分の「やりたいことをやる」だけではない
自分だからこそ「できること」や「なすべきこと」


自分という『素材』の活かし方・・・


今度、鍋料理をされるときに
一度考えてみるのもいいかもしれませんね。

(もちろん、おいしく味わってこそ・・・なのですが)

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション(※)

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、最後の3つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


③ こころのつぶやき(感情の自己開示)

自己開示とは、自分を開くことです。
自己開示には『価値観の自己開示』『事実の自己開示』『感情の自己開示』の3つがありますが
ここで重要なのは、相手の方の話を聴いているときに、自分の中で「ふと浮かんできた思い」を
つぶやくように伝えていくことです。

たとえば

「そうか……それは……やるせない……やってやれない……」

といったようにです。

相手の気持ちに自分を溶かし込むような仕方で、話を聴いているときに
ふと自分の内側が浮かんできた『感じ』『気持ち』『思い』をつぶやくようにして
相手の方に伝えていくのです。

ここで重要なのは、自己開示の際、隠れた主語が「私は……」になっていることです。

隠れた主語が「あなたは……」と二人称になっていると
相手の方は責められたような気持ちになることが少なくありません。
それでは、あなたの真意が伝わりません。

そうではなくて「ほんと……○○ですね」と、隠れた主語を「私は」にして
自分自身の実感をそのまま言葉にぽつりと言葉にしていくのです。


 (※:『リレーション』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/500
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/501
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/502

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション(※)

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、きょうは2つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


② 伝え返し(リフレーション)

伝え返し(リフレーション)とは

 相手の方が言葉によって表現している気持ち、この言葉で「言わんとしていること」を
 ありありと思い浮かべながら「○○という感じでしょうか」と、
鏡のように映しだして
 それでぴったり合っているかどうか、相手の方に「確かめてもらう」


応答です。


例えば、ある女子高生がこんなふうに言ったとしましょう。

「もう、いい……。お母さんに、わかってほしかったけど……いい。もう、いい……。いい……」

このとき、この女性がこの言葉で言い表そうとしている
『気持ち』『言わんとしていること』(感じられる意味)をありありと思い浮かべながら
「こういう気持ちかな?」と確かめるような姿勢で

「そうか……。もういいか。お母さんに分かってほしくて、いろいろやってみたけど
 わかってもらえない。 もうあきらめた。 ……もう、いい……そんな感じかな?」


と応答していくのです。


つまり

 相手の「鏡」になったかのような姿勢で、いまその人が言わんとしていることの意味合いを
 ありありと思い浮かべ、「○○な感じかな?」と伝えて、確かめていく。


ことです。


このとき
「内容よりも気持ち」「事柄よりも感情」に応答することが鉄則になってきます。


 (※:『リレーション』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/500
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/501