ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2019年03月

「自分を知る」ための問い〔♯39〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#39〕

あなたが過去を振り返ってみて
「あの頃は若かったな」と思うことは、どんなことですか?



~答えを導き出すヒント~

『平成』も残すところあと1ヶ月あまり・・・
平成時代を振り返るテレビ番組・特集も連日連夜放送されています。

そのような番組を見た際、ふと、自分の過去のことを思い出すこともあるかと思います。

いい思い出もあれば、思い出すとちょっと気が引けるような
どちらかというと思い出したくない思い出・・・

それぞれあると思います。


いい思い出であれ、悪い思い出であれ
共通して感じることは、「あの頃、自分は若かった」ということ。

若いということは
将来に対する自身の ”可能性” 、気力・体力、見た目といった『プラス』の面がある一方で
未熟さ、若気の至り、無知・経験不足といった『マイナス』な面も存在します。


自分の過去の出来事を振り返り、「あの頃は若かったな~」と感じたことが
「よかった」と思うことであっても、「恥ずかしい」と思うことであっても
これからやってくる新しい日々の『活力』としてうまく生かしていくことが大切だと思います。

「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

過去4回にわたってお送りしているテーマ(下記)
『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』

「昔はよかった・・・」
そんな気持ちを小さくするための方法をいくつか紹介してきましたが
最後にひとつ、とても大切なこと〔メッセージ〕を思いついたので
それを書いてテーマの終わりにしたいと思います。


人間、年齢を重ねれば重ねるほど将来の ”可能性” は減っていきますし
責任ある仕事・子育て・介護など、背負う荷物が重くなる一方
気力や体力といったものが少しずつ失われていくので
(それらを過ぎて荷物が軽くなると、自分の『価値』や『生きがい』を見い出せなくなってしまう)
「昔はよかった」と思うのは、生きていくうえで ”必然的な流れ” だと思います。

しかし、その一方で、「昔はよかった」と強く思う気持ちの裏側には
「やり直せることなら、もう一度やり直したい」という気持ち、そして
健康を害したり、身近な人と別れたり、思いがけない災難に見舞われるなどして
「あたりまえだったことが、あたりまえでなくなった」という環境要因も
少なからず存在しているような気がします。

カウンセリング手法のひとつに、〔過去〕に対する ”しがらみ” を小さくする
(後悔・未練の気持ち、やり残し、トラウマなどを小さくする)方法もあるのですが
肝に銘じておきたいのは、人生は自らの『選択』によってつくられている という事実。

そのため、〔過去〕に目を向け「昔はよかった」と思ってしまうことがあったとしても
きょうという日〔現在〕、そして、これから始まる新しい日々〔未来〕
朝何時に起き、何を食べ、何を着て出かけるかといった日常の『小さなこと』から
結婚や離婚、就職や転職、誰を友とし、誰と人生を共にするかといった『大きなこと』まで
”本気で選んで” 今後の人生作り上げていく 必要があると思います。
(あたりまえですが、きょうという日は二度とやってこない)


誰にでも平等にやってくる、あしたからの新しい日々・・・
自分だけのキャンパスに、一生をかけて作品を描きあげていくように。

また、これ以上後悔や未練といったものを増やさないように。
(〔過去〕に起こった出来事の『事実』そのものは変わらないけど、生き方・考え方・人との関わり方を変えることで、出来事に対する『解釈』は変えることができる)

「昔はよかったけど、いまも十分いいじゃないか」と思えるように。

いまからでも決して遅くはないと思います。


 『「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには』過去掲載分
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/584
   http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/585
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/586

 『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』URL
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/583

「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

過去3回にわたってお送りしているテーマ(下記)
『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』の続きです。

「昔はよかった・・・」そんな気持ちを小さくするには
具体的にどうすればいいのでしょうか。


〔方法その3:『前向きになる視点』を育む〕

年齢を重ねると気力や体力が衰えてくるのは、ごくあたりまえのことなので
無理に『ポジティブ』になることは、かえって危険な事態を招くこともあるかと思います。
(病気など、取り返しのつかないことになる場合がある)

しかし、そんな ”人生の流れ” において『前向きになる視点』を育むことは
そういった変化(気力・体力の衰え)をできるだけ緩やかにするうえで、とても重要であるような気がします。


そこで、私なりに思いついた『前向きになる視点』の育み方は

〔1〕達成可能な目標を持ち、それを実行する
〔2〕適度な欲を持つ
〔3〕小さな子どもや ”がんばっている” 同級生に接する
〔4〕若者の夢を応援・支援する

〔5〕いま「ある」環境のよい部分に目を向け、感謝する心を持つ

あたりでしょうか。
(タイミングを見計らって各々の詳細を書いていきたいと思います)

また、この他にも
〔方法その1『小さな発見・驚き・感動が得られるようなことをする』〕の中に挙げた
『日常生活の中に創意工夫を取り入れる』というのも
『前向きになる視点』を育む方法のひとつに入ると思います。


====================

以上、私なりに思いついた方法を紹介してまいりましたが
最後にもうひとつ。。。

「昔はよかった・・・」と思う気持ちを小さくするために
とても大切なこと〔メッセージ〕を思いついたので
それを書いて今回のテーマを締めくくりたいと思います。


 『「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには』過去掲載分
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/584
   http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/585

 『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』URL
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/583

「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには(2/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

一昨日、昨日にわたってお送りしているテーマ(下記)
『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』の続きです。

「昔はよかった・・・」そんな気持ちを小さくするには
具体的にどうすればいいのでしょうか。


〔方法その2:「いま、この瞬間」に意識を向けて過ごす〕

ちょっと分かりにくい表現になってしまいましたが・・・

具体的には、自分の〔行動〕〔思考〕〔感情〕を一致させて過ごす ことです。
(さらに分かりにくくなってしまったかもしれませんね (汗) )

日常生活において
自分のしていること〔行動〕と 考えていること〔思考〕
そして、それにともなう気持ち〔感情〕が一致しているときというのは
実はそれほど多くはないようです。


例えば、毎朝、通勤する(車を運転する/電車に乗る)ときを思い出してみてください。

つい、車のスピードが出すぎてしまったり、前の遅い車にイライラしたり
また、駅で乗り換えるとき、妙に早歩きになってしまっていることはないでしょうか。

なぜそうなるかというと、通勤している間
 「遅刻するかもしれない」
 「(遅刻したことで)気まずい感じになるかもしれない」
 「電車に乗り遅れるかもしれない」「できれば席に座りたい」
 「さっさと仕事にとりかかって、早く済ませたい」

といった不安や焦りが、ずっと頭の中を占めていることになります。

整理してみると・・・

 〔行動〕
 車を運転する/電車に乗る           
・・・《いま》
 〔思考(感情)〕
 「会議でどんなことを話そうか」(不安)    
・・・《未来》
 「遅刻してしまうのではないか」(焦り)
 「昨日あんなに飲まなければよかった」(後悔) 
・・・《過去》
 「このままサボってどこか行きたい」(逃避)  ・・・《空想》

つまり
《いま》の〔行動〕と裏腹に
〔思考〕は《いま》以外のもの
苛(さいな)まれている
ことになり、「いま、この瞬間」を生きていないことになります。

「昔はよかった」と思う気持ちは、〔思考〕が《過去》に苛まれていることになりますし
人や社会に対して強い不満を持ったり、自分の不幸を他人のせいにして生きている人は
《過去》や《空想》の中に生きていて、上と同様「いま、この瞬間」を生きていないと言えます。


ちなみに、車を狭い駐車場に停めようとするとき
仕事や家族のことを考えながら停める人はいませんよね。
(車をぶつけないよう、周りの障害物はじめ、ハンドルやアクセル、ブレーキにも意識がいき、まさに「いま、この瞬間」を生きている感じがしますよね)

そう!
ここで私が伝えたかったのは、あの感覚です!

日常の一つひとつの作業を丁寧に行うことは
《いま》を丁寧に生きることと、とても大きく重なる部分があると思います。


なお、今回の方法と類似する事柄として
『(何かに)集中・没頭できるようなことをする』
『時間をかけ、じっくり味わいながら食事をとる』

などがあげられると思います。

特に『食事をとる』という行為は
《未来》の身体をつくるための最も重要な事柄ですからね。

健全な肉体なくして、健全な精神をつくることはできません。


明日、もうひとつ書いてみたいと思います。


 『「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには』過去掲載分
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/584

 『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』URL
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/583

「昔はよかった」そんな気持ちを小さくするには(1/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のプレスリリースにあげたテーマ
『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』(下記)の続きです。

「昔はよかった・・・」そんな気持ちを小さくするには
具体的にどうすればいいのでしょうか。


「昔はよかった」と思う気持ちは〔現在〕との対比較によって生まれる ものなので
早い話、〔過去〕より〔現在〕や〔未来〕がいいと思えるようになればいいということになります。

とはいえ、なかなか難しいですよね。

私なりに思いついた方法を書いていきたいと思います。
 

〔方法その1:小さな発見・驚き・感動が得られるようなことをする〕

年齢を重ねることで増していく知識や知恵、経験などによって
多くの人は何事もなく平穏無事に毎日を過ごすことができるわけですが
一方で、まだ起きていない〔未来〕のことを、自身のこれまでの人生経験によって
(良くも悪くも)ある程度 ”予測してしまう” ようなところがあります。

もちろん、人生経験や予測によって
ちょっとしたハプニングやイレギュラーなことが起こったとしても
ショックが最低限に抑えられ、事も穏便に済ませることができるわけですが
裏を返せば、〔現在〕や〔未来〕の『可能性』や『サプライズ』
『奇跡的な出来事が起こるチャンスの機会』を奪ってしまっているのも事実。
   ↓↓
 自分がまだ実際に経験していないことを、あたかも経験したかのように
 頭で処理したり、計算する ”クセ” が知らず知らずのうちについてしまっている

 (結果、歳を取ったときに〔視野が狭くなる/融通が利かなくなる/感覚が鈍くなる〕 etc… )

そのため、より〔現在〕や〔未来〕に目を向けるためには
自分がまだ実際に経験していないこと(自分にとっての『未知の世界』)に取り組んでみたり
自分の知らないこと、もしくは、”知ってるつもり” のことを調べ直す
はたまた、普段あまり話をすることのない人と話をする機会をつくるなどして
自分にとっての『普通』や『常識』が、(発見・驚き・感動へと)変化するような行動をとる 必要がありそうです。
(時とともに常識が変化していくように、自分の中の普通や常識も少しずつ変化させていく必要がある)

「いままでこう思っていたことが、実は違っていた・・・」

『再発見』って、ちょっとした感動を味わいますよね。


なお、今回の方法と類似する事柄として
『(自分が子どもの頃)興味にあったものにもう一度目を向ける』
『日常生活の中に創意工夫を取り入れる』

などがあげられると思います。

これらを実行している人たちって、目が輝いていて、どこか魅力的に感じますよね。


とはいえ、いきなり
「小さな発見・驚き・感動を得られるようなことをしろ」
「興味のあったものに目を向けろ」「創意工夫を取り入れろ」と言われても
なかなか難しいもの・・・

他の方法を明日、明後日と書いていきたいと思います。


 『なぜ人は「昔はよかった」と思うのか』URL
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/583

なぜ人は「昔はよかった」と思うのか

みなさま、いつもありがとうございます。

昨年末あたりから「平成最後の…」という言葉をよく耳にするようになり
平成時代を振り返るテレビ番組も、毎日のように放送されています。

そのようなものを目にしたとき、ふと頭をよぎるのは
「昔はよかった・・・」という思い。

誰もが一度はそのような思いをされたことがあると思いますし
年齢を重ねれば重ねるほどその思いが強くなるような気がします。
(自分の将来の ”可能性” が徐々に減っていくわけですからね)


ちなみに、人間は脳の構造上「嫌なことは忘れる」ようにできているので

 脳の『海馬』という部分が、寝ている間に
 その日、脳内に取り入れた情報を整理する働きを行い
 (『記憶』として残すか残さないかの取捨選択をする)
 その過程において、不必要と判断された情報(≒嫌な情報)は
 脳内から捨てられる(忘れる)ようになっている
 (嫌な情報が記憶に残るのは、その人にとって「必要だから」ということになる)


過去を美化したり、「昔はよかった」と思うことは、ごくあたりまえのことのようです。


また、自分がそのとき過ごした『時代』にしても『空間』にしても
そこから離れ、比較したり客観視できる状態になって初めて ”冷静に” 振り返ることができる というのも、「昔はよかった」と思う要因として結構大きいと思います。
(〔いま〕の良さは、3年、5年経って〔過去〕のものになってみないとなかなか分からない)
(『あたりまえでなくなった』ときにはじめて『あたりまえ』だったことのありがださに気づく…みたいな)


ただ問題は、その程度がどのくらいのものなのか・・・

過去に対する思い(後悔、未練といったものも含め)が必要以上に大きすぎると
現在の、もしくは今後の生活に支障をきたしてしまう恐れがあるので
(仕事や家事、子育てに集中できない / 目の前のことに全力を尽くすことができない etc… )
状況よっては「昔はよかった・・・」という思いを小さくする必要があると思います。


では、その思いを小さくするにはどうすればいいのでしょうか・・・

私なりにいくつか思いついた方法がありますので
明日以降、順に紹介していきたいと思います。
 

『緩む』ことは『許す』こと〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラム『花が咲くのはつぼみが ”緩む” から』に関連付けて。
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/580 )

いつか咲く、自分だけの "美しい" 花のために
そして、それが実になる(実を結ぶ)ために
心や考え、表情、しぐさなどを ”緩ませる” ・・・

 「まぁ、いいか」と思ったり
 「私はこう思う」人に伝えてみたり
 鏡を見て、ちょっと笑顔をつくってみたり etc…

でも、まだちょっと何か足らないみたい。

では、何をすれば ”緩まる” のでしょうか・・・


それは『許す』という行為。

まずは自分。

イライラしてしまう自分を許す
いつまでたっても変われない自分を許す
「ふがいない」と反省ばかりしている自分を許す
ついあせったり、すぐに怒ってしまう自分を許す
「あんなことをしてしまった(言ってしまった)」と後悔する自分を許す etc…

そして、自分の周りの人たち。

親を許す
子どもを許す
動作が遅く、つい「イラッとしてしまう」人を許す
わがままな人、和を乱した人を許す
自分の悪口を言ったり、攻撃してきた人を許す etc…


お互い、未熟だった。

いまでも未熟。

(そりゃ、まだ『固いつぼみ』だもんね)

でも、いつかきっと ”美しい” 花が咲くし
立派な実もつけてくれるはず。

『緩ませる』には、まず『許す』ことから。

花が咲くのはつぼみが ”緩む” から〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、梅の花を見にお出かけしてきました。

白、薄いピンク、濃いピンクと鮮やかに咲く花々とともに
春のやわらかくて暖かい日差しを身体に受け
ちょっとほっこりすることができました。


さて、梅の花にしても、梅以外の花にしても
固いつぼみが徐々にふくらむ(緩む)ことによって花が咲いていくわけですが
私たち自身も、花を咲かせ、実をつける(実を結ぶ)ためには
固く閉ざしたままの心なり、考えなり、表情・しぐさなどを ”緩ませる” 必要があると思います。
(それが『自然の摂理』ですからね)

 「まぁ、いいか」と思ったり
 「私はこう思う」人に伝えてみたり
 鏡を見てちょっと笑顔を作ってみたり etc…

とはいえ、自分だけの ”美しい” 花を咲かせるためには
心や考え方、表情・しぐさなどが美しい(もしくは、自然な)方がいいですし
普段の言葉遣いなどにも注意を払った方がいいように思います。


もちろん、急に変えるのは難しいかもしれませんけどね。

いつか咲く、自分だけの ”美しい” 花のために
何かひとつ ”緩ませて” みませてみてはいかがでしょうか。

『こころのケア:統合医療セミナー』ご案内(2019/4/7 @名古屋)(再送)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が理事をつとめております一般社団法人『家族と心の研究所』と提携関係にある
統合医療『クリニック徳』の高橋徳先生主催によるセミナー
『第3回こころのケア:統合医療セミナー』が開催されます。

「統合医療」とは、西洋医学と東洋医学の長所を取り入れ、お互いの短所を補い合う医療のことです。

「こころのケア:統合医療セミナー」では、医師・カウンセラー・ヨーガ療法士・気功療法師、鍼灸師などが協力して、メンタルケアに当たります。
この国の心の病いの臨床を変革していくための、新しい試みです。

薬物治療のみに依存してしまっている現在の医療に不安を感じている方に、ご参加いただければと思っています。
また、みなさん一人ひとりが医師や薬頼みにせず、セルフケアの意識を持ち、薬漬け医療から脱却していただければと願っています。
スタッフが個々の方々に密接に向かい合うため、少人数制(定員10名)とさせていただきました。
定員になり次第、申し込み受付けを終了させて頂きます。


    ~ 記 ~

日時:2019年4月7日(日)
   10時~12時 自己紹介、座学、うつ病患者の体験談
   13時~18時 ヨーガセラピー、マインドフルネス瞑想、気功
           腹式呼吸、運動、散歩、セルフケアの指導
           カウンセリング、鍼治療、レイキ施術(希望者)
   18時~20時 懇親会(希望者)

場所:クリニック徳 http://clinic-toku.com/ 
   (名古屋市中区栄2-10-19 名古屋商工会議所ビル11階)
   (地下鉄伏見駅5番出口徒歩5分)

定員:10名

料金:8500円(税込)

お問い合わせ・申し込み:クリニック徳
            Tel 052-221-8881
            fax 052-221-8882
            kenkodojoclinic@gmail.com
            http://www.formpro.jp/form.php?fid=59269

眠れぬ夜に〔#7〕『蔑み』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔#7〕

『蔑み(さげすみ)』とは・・・
『平等への希求』である。



〔解釈とヒント〕

『人を蔑む』という行為・・・
(なかには、そればかりしている人もいるようですが)

人を蔑んでしまったことで、あとで後悔したという経験をされた方も
きっと多いのではないでしょうか。

何かしらの事情や自身の欲求を満たすために
人はついつい、身近にいる人のことを蔑んでしまうわけですが
いったいどんなときに蔑んでしまうのでしょうか?


『蔑み』は『軽蔑』と言い換えることができます。

『軽蔑』とは、「自分の方が上である」という意識。

つまり、見下しているということになります。


では、なぜ人は自分より劣っている(と感じている)人を蔑むのでしょうか?

人を蔑むことで「優越感を得たいから」というのが
もっともな理由のひとつですが
優越感を得たいのであれば、自分の中でほくそ笑んでいればよく
必ずしも人を蔑む必要はありません。

なのに、人を蔑まずには ”いられない” ・・・


結局のところ

(蔑んでいる相手に)『何かを求めている、期待している』

部分があると思います。

 ・・・上司が部下に、親が子どもにそのような態度をとるのは
    「お前はもっとできるはずだ(なのにやろうとしないから…)」
    という気持ちが ”偏った形で” 出てしまっている。

    (上司・親である自分が、人を育てられないことに『恐れ』を抱いている)


また、社会のなりたちにおいて
人は、対立の中で他者を認めないことには、自分が存立できないことに気づきます。

(負ける人がいるから勝つ人が出てくるように)
(『悪』があるからこそ『善』が引き立つように)

もうすこしわかりやすく言うと
人は、自分以外の他者の存在を認めることで、はじめて自分の存在を認めることができます。

(他者が何らかの意見を言うことによって、はじめて自分に「それは違う」という意見が生じることって、ありますよね)

これを『総合承認』といいます。


人々が暮らし、生きる共同体では
誰もが『総合承認』を行っていることになります。

よって、『蔑む』という行為の根底にも
ほんとうはこういった『総合承認』の欲求が関連しているようなところが
きっとあるのだと思います。


さきほどの上司と部下、親と子どもとの関係のように。

ちょっと難しいですけどね。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)