ハートオフィス・あおい

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2020年10月

「自分を知る」ための問い〔♯58〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔♯58〕

あなたの大切な人が “ピンチ” のとき
どんな『エール』を送りますか?



~答えを導き出すヒント~

NHK朝の連続テレビ小説『エール』。
来月半ばの完結に向け、物語もいよいよ大詰めを迎える感じになってきました。

個人的には、それこそ “一生の記憶として残る” ドラマになりそうです。

また、このドラマを通じて
何かしらの『エール』を受け取った(感じた)方もきっといらっしゃったと思いますし
また、人に何かしらの『エール』を送りたくなった方もいらっしゃるかもしれません。

そこできょうの質問。

もし、あなたの大切な人が、何らかの “ピンチ” に陥ったとき
はたまた、何か新しい挑戦を始めたり、夢に向かって努力しているとき
みなさんは、どんな『エール』を送りますか。

『エール』といっても、言葉である必要はないと思います。
音楽でもいいですし、ジェスチャー・パフォーマンスといったものでもいいでしょう。

また、大切な人に『エール』を送ることは
自分自身に向けて送っていることにもつながりそうです。

大切な人のことを想うだけで、やさしく・元気になった気分になりますよね。

カウンセラー・コーチに必要な “心の器”(3/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

前回、前々回の続き
私の尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんが提唱するカウンセラー・コーチに必要な “心の器”(※)
きょうはその3つめ(最後)です。
(引用:『カウンセリングとは何か』 諸富祥彦著 誠信書房)


③ クライエントさんの傍らにとどまり続けることができるかどうか

辛い気持ち…  不安な気持ち…  どうしようもない気持ち…
あいまいな気持ち…  どろどろした気持ち…  絶望的な気持ち…
揺れ動く気持ち…  暗い森の中をさまようような気持ち…

そんなクライエントさんの気持ちから逃げ出さず、しっかりそこに『とどまり続ける』ことができる人こそが、カウンセラー・コーチとしてふさわしい3つめ(最後)の条件と言えそうです。

これができない人は、クライエントさんの『苦しい話』を聴き続けることに耐えられなくなって
・「ほかの道を探しましょう」とアドバイスしたり…
・「あなたならできますよ」と励ましたり…
・なんとか前向きにさせようと促したり…

そうするとクライエントさんは置いてけぼりをくらった感じになり
「この人には分かってもらえない」という気持ちになってしまいます。

クライエントの立場になって考えたとき
・わたしの心の痛みの位置まで『降りてきてくれる』こと
・こちらの痛みを『共有してくれる』こと
・そして一緒に『とどまっていてくれる』こと

が大事になってきますので、クライエントさんの心の痛みを聴くことで自身の心も痛んでしまった…
そう感じることも(ほんの少しでいいとは思いますが)必要になってくると思います。

また
「クライエントさんの方が私よりずっとちゃんと生きてこられて… だから傷ついて病気になられた」
と敬意を抱くことも、とても大切なことなのではと思います。

クライエントさんの『暗闇をさまよう、どんよりした心のプロセス』から決して逃げない。
その深さ、暗さの次元、こころの闇の世界から逃げ出さず、しっかりとそこにとどまり、寄り添い続けられること。
こうした『ほんとうの人間としての強さ』が備わっていることを最後の条件として挙げたいと思います。


 (※:『カウンセラー・コーチに必要な “心の器”』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/906
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/907

カウンセラー・コーチに必要な “心の器”(2/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

前回の続き
私の尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんが提唱するカウンセラー・コーチに必要な “心の器”(※)
きょうはその2つめです。
(引用:『カウンセリングとは何か』 諸富祥彦著 誠信書房)


② 自分自身を普段から深く見つめることができているかどうか

カウンセラー・コーチとしてよりよい活動をしていくためは、日々の忙しい生活の中でも
自分自身の内側の傷つきや揺れ動く気持ちとしっかり向き合い、自分を深く見つめ続け
そして丁寧に付き合っていくことがとても大切なことだと思います。

ただ、それによって傷つきを抱えたままでは、クライエントさんと変わらないわけなので
カウンセラー自身が定期的にカウンセリングを受けるなど、必要な気づきや学びを得て
自己成長につなげていく必要があります。

そういった意味では、さまざまな悩みや苦しみを体験し、それによって多くの気づきを得て
自己成長された方のほうがよりよいカウンセラー・コーチということができるかもしれません。

(とはいえ、外見では分かりにくいので、判断が難しいですけどね)

前回述べた『本気で生きる』ことにプラスして
『とことん自分に向き合い、自分から逃げず、自分に正直に生きること』ができる方。

そして(少し繰り返しになりますが)クライエントさんに真正面に立ち向かっていくためには
自身の感情の揺れとある程度の『距離』をとり、客観的に『眺める』姿勢を保つ必要がありますので
普段から自分自身を深く見つめ、感情を把握しておくことが、カウンセラー・コーチにとって必要な
第二の条件と言えそうです。


 (※:『カウンセラー・コーチに必要な “心の器”』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/906

カウンセラー・コーチに必要な “心の器”(1/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

直接お会いしたことはないのですが、私の尊敬するカウンセラーのひとりに
明治大学文学部教授の諸富祥彦さんという方がいらっしゃいます。
(諸富祥彦さん公式HP:https://morotomi.net/

その諸富さんの、とある著書の中の一項目に『カウンセラーの条件』というものがあり
(正式には『カウンセラーを目指すための条件』)かなり共感する部分がありましたので
諸富さんの言葉をお借りしつつ、きょうから3回にわたって紹介していきます。

当然、私自身も、これから紹介する『条件』を肝に銘じ
(以降、この条件を “心の器” と表現していきます)
皆様に対し誠心誠意向き合えるよう、自己鍛錬・自己研鑽に努めていく次第です。


① 本気で生きているかどうか

真摯に自分自身に向き合い、自分に正直に、かつ本気で生きていこうとするためには
悩みや傷つきは避けて通れることはできません。

・本気で仕事をしてきたからこそ、小さいと思える失敗でさえ大きく傷つき、自信をなくしてしまう
・本気で恋をしてきたからこそ、恋に破れたとき、喪失感に苛(さいな)まれ重く傷ついてしまう
・本気で夫婦生活に取り組んできたからこそ、意見のすれ違いや食い違いで悩み苦しんでしまう
・本気で生きてきたからこそ、思い悩み、ときに絶望し、ときに心の病気になってしまう etc…

適当なところで妥協したり、逃げ・甘え・わがままを活用して生きていくことができるのなら
大きな痛みや傷を抱えることもなく平平凡凡と過ごしていくことができるわけですが
それをしなくない(もしくは、できない)からこそ本気で生き、そして悩み苦しむことが多いようです。

もし仮に、カウンセラー・コーチが妥協の産物で、本気で生きていないとするとどうでしょうか?

おそらく、その空気感がすぐにクライエントさんに伝わり
「妥協して “なぁなぁ” で生きているような人に、私の気持ちを分かってもらえるはずがない」と
思われてしまうことと思います。

『クライエントの人生を取り扱う』という責任の重大さと、それに挑む覚悟を持つのはもちろんのこと
自分自身の心や抱えている問題と真正面から向き合い、ときに怒り、ときに嗚咽するくらい涙を流すなど
数多くの苦しい思いや自己成長を経て、やっとの思いで自分自身を『受容』できるようになったからこそ
カウンセラー・コーチとして貢献できるものだと考えております。

そのため、自身の社会に対する役割を十分把握し、1日1日を大切に『本気で生きている』ことこそが
カウンセラー・コーチにとって必要な第一条件と言えそうです。


(引用:『カウンセリングとは何か』 諸富祥彦著 誠信書房)

眠れぬ夜に〔♯26〕『1(いち)』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯26〕


『 1(いち)』とは・・・
『物事の全体』である。



〔解釈とヒント〕

きょう1日、みなさんはどのような数字に出会いましたか?

・500円のお弁当を買った人
・エレベーターで8階のボタンを押した人
・経理で百万単位の計算をした人 etc…

人は様々な場面で数字と関りを持つわけですが
とりわけ『1』という数字は、特別な意味をもっているような気がします。


『1』は『ひとつ』を意味するので
まるで物事の一部であるかのように思う方もいらっしゃるかもしれませんが
実はそうではありません。

物事の全体という場合だってあるのです。

例えば、ホールケーキを想像してみたとき
ホールケーキそのものは1つですが、8人で分ければ8つになります。
つまり、8分の1が8つ集まって『全体』になったものなのです。


こうした発想に役立つのが
オランダの哲学者、バールーフ・デ・スピノザ(1632-1677)による
「1にして全」という表現。

もう少し具体的に言うと
あらゆるものの存在が、神の部分である(汎神論)という考え方で
精神や自然そのものなど、すべてのものが神と考えたわけです。


このスピノザの世界観は
比較的日本人には受け入れやすいもののような気がしませんか?

日本人の多くは、一見無神論者であるかのように見えますが
八百万の神という考え方に象徴されるように
人々は自然のいたるところに神がやどっていることを信じているからです。
(「汎神論者」という言い方もできるわけです)

この巨木に神が宿っているといわれると
その目の前の1本の木が、まるで神様の象徴であるかのように感じることがあります。

この感覚は、日本人なら分かると思います。

1本。つまり数字の1が全体を表すのを感じる瞬間です。


もちろん、きょう過ごした『1日』というのも
単なる人生の1日ではありません。

1日1日がその人の人生のすべてでもあるわけです。


『一期一会』という言葉を思い浮かべば分かるように
今日しか出会わなかった人にとっては、今日のあなたがすべてなのです。

これは、明日の1日も同じこと。

だから全力で明日を生きるためにも
今日はちょっとぐっすり眠ってくださいね。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)