ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2020年12月

年末のごあいさつ

この度は弊社のホームページにお越しくださり、誠にありがとうございます。

2020年も残すところきょうと明日の2日となりました。

今年も去年に引き続き、多くのご縁をいただくことができました。
ご用命いただいた方、関わりを持ってくださった方に対し、厚く御礼申し上げます。

どうかよいお年をお過ごしくださいませ。


ハートオフィス・あおい
代表  野田 喜敬

  • Category:その他
  • Author:heartoffice-aoi

「自分を知る」ための問い〔♯60〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔♯60〕

あなたにとっての『将来』とは
どのくらいの未来のことですか?



~答えを導き出すヒント~

「将来はプロ野球選手になりたい」
「将来はかわいいお嫁さんになりたい」
「将来は大きな家に住んで犬を飼いたい」 etc…

子どもにとって『将来』とは
大きな無地のキャンパスに自由に絵を描くようなイメージがあるわけですが
その『将来』を実際に迎えたいまの大人のみなさんにとって『将来』は
なにかしらの不安を感じたり、やらなければいけないことの “先送り” といった
ネガティブな要素も強く持ち合わせているような気がします。

とはいえ、そんな大人のみなさんでも

「将来は田舎暮らしをして有機野菜を育てたい」
「将来は自分の店をもってお客さんを癒してあげたい」

などといった夢をお持ちの方も、きっと多いのではないでしょうか。

でも、ただそれを漠然と思い続けているのでは、意味がありませんよね。

その夢を実現するために
いつまでに何をしなければいけないのか、具体的な時間軸をもとに計画する
(『将来』がいつをさすか決め、期限を明確にする)必要があるわけですが
その一方で、「いまの生活を変えるのが怖い」という気持ちを併せ持つ方も
きっと多くいらっしゃるのではないでしょうか。

そのため
『将来』とか『いつか』という言葉を逃げ道にしないような “覚悟” が
ある意味、必要となってくると思います。

また、夢の有り無しに関わらず
家族・会社の同僚・友人といった、自分と深い関わりを持つ方と
『将来』の時間を合わせる工夫も必要もありそうです。
(時間軸を合わせることは、目標設定ややる気、モチベーションにも直結しますよね)


すべては、素晴らしい未来の自分のために。
そして、“ほんとうに” 悔いのない人生を送るために。

『将来』のために、今できること。

具体的な行動に落とし込んで、積み重ねていこうではありませんか。


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これまで計60回にわたって書いてきた〔「自分を知る」ための問い 〕シリーズ(※)
今回をもって終了することとなりました。

日々の生活の中で何かしら問題や悩みが発生したとき
(いや、たとえ問題や悩みがなかったとしても)
“ほんとうに” 悔いのない人生を送るために
「自分はいまのままでいいのだろうか?」と自分自身に問いかけることもあると思いますし
ときには、自分の心の奥深くに入る必要性も出てくると思います。

これまでに書いてきた60の問いは、ある種
自分自身への “問いかけ” が必要なものばかりですので、すぐに答えが出るものは少ないわけですが
だからこそ、自分なりの答えを出すことで(もしくは、答えを出すプロセスにおいて)
今後みなさまがより “自分らしく” 過ごすためのひとつのキッカケになればと思います。 


 (※)「自分を知る」ための問い(カテゴリー『自分を知る・自分に気づく』)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/category/question

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが最終章(第4章)です。


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〔第4章〕奇跡の “再会”、『女神』の存在

(前回(第3章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/948 )

さて、話は
『カウンセリング』に “一筋の光” を見い出したころに戻り・・・
(32~33歳のころ)

 『カウンセリング』というものに、そして『カウンセラー』になることに
 自分のこの世で果たすべき役割・使命といったものがあるのではないか・・・
 生きることの意味が見い出せるのではないか・・・


そんな “大きな” 思いを抱いて入った学校。
カウンセリングを教えてくださる先生。これから一緒に学んでいく人たち。
そして、その中のひとりの方の自己紹介を聞いたとき、まさに〔奇跡的な出来事〕が。


私が小学校4年生のとき
そう! 転校し、新しい小学校に馴染めず
まさに “癒しを求めて” 毎日のように眺めていた兄の卒業アルバム。
その中にいた、妙に “ひっかかる” かわいらしい女の子・・・

な・ん・と!

そのかわいらしい女の子がステキな女性として目の前に現れたのです!

もちろん、初対面のときは、そんなこと知る由もなかったのですが
“大人になった” 彼女がおこなった自己紹介(年齢、出身地 etc )・・・
すこし特徴のある漢字を使った名前(卒業アルバムに載っていたのと同じ漢字!)・・・
そして、そのお顔立ちをよくよく見ると、アルバムの彼女の写真の面影が・・・

もう、間違えありません!

私にとってみれば、約23年ぶりの “再会”


それからの日々、私は相変わらず
(〔第1章〕で書いたような)苦悩の日々を過ごしていたわけですが
カウンセリングの勉強を重ね、彼女と共に過ごし、言葉と心を交わすことによって
どれだけ “救われた” か。。。

私にとってまさに『女神』でした。

 ・・・スピリチュアル的な視点で見ると
    まさにこういうのが
『ソウルメイト』と言えるのかも!


そしてまた不思議なことに(私からしてみれば、少し残念なことでもあるのですが)
カウンセリングの勉強を重ね、その奥深い世界に魅了され
カウンセラーになることが自分のこの世で果たすべき役割・使命になると “決意した” のと同時に
少しずつ彼女とのあいだに距離感が生まれ、次第に会うこともになくなってしまいました。


いま思えば、それまでの苦悩の日々
遠くから差し込んだ “一筋の光” は
この世で果たすべき役割(=自分に課せられた使命)を果たそうと
自分自身に対し、真摯に・誠実に・正直に向き合ったことへの “ごほうび” だったのかもしれません。


ちなみに、私にとって『女神』であるその彼女は
いまも、私の幼きころの思い出がいっぱいつまったその場所で穏やかに暮らしているらしく。。。


めでたし、めでたし(なのかな?)


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/945 〔プロローグ〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/946 〔第1章〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/947 〔第2章〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第3章(全4章)です。


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〔第3章:生まれて初めて重たい〔悩み〕を持ったとき “心の支え” になったもの〕

(前回(第2章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/947 )

少し話は変わり、私が生まれて初めて〔悩み〕を強く認識したのは
(出口が見えないというか、重くのしかかるような感覚を初めて味わったのは)
小学校4年生になったときのことでした。

それまで毎日楽しく過ごしていた小学校から、4年生になった春、親の転勤により転校。
転校のショックもさることながら、とにかく、新しい学校に馴染めなかったのです。

いま思えば、それまでが「良すぎた」というか
視野が狭かったというか、「調子に乗っていた」ところがあったかもしれませんが
いずれにしろ、夏休みを迎えるくらいまでの2、3ヶ月のあいだ
(まだ幼かった私にとって)長く、重たい日々が続いたのです。


その長くて重たい日々の中、私の “心の支え” になったのが
3歳上の兄がもらってきた小学校の『卒業アルバム』

兄からしてみれば、小学校卒業と同時に引っ越したことになるため
その卒業アルバムは、私がそれまで通っていた小学校の『思い出』にもなったわけです。


卒業アルバムは私を癒してくれました。

当然、兄の卒業アルバムなので
各クラスに載っている人たちの顔や名前は全くと言っていいほど知らないわけですが
アルバムの最初にある校舎の写真や運動会などのイベント写真は
楽しかった日々の思い出に浸らせてくれるものでした。


そして、その繰り返し眺めていた卒業アルバムに
妙に “ひっかかる子” がいるのに気づくようになりました。

ごくふつうのかわいらしい女の子なのですが
妙に見とれてしまうというか、とにかく “気になる” “ひっかかる” のです。
  ←かといって『一目ぼれ』とか『好きになった』という感覚でもなく
   自分でもほんとうによく分からない・・・


やがて卒業アルバムを見る目的も、前の小学校の楽しい日々を思い出すというよりは
その “ひっかかる子” を見たいがためにアルバムを見るようになったような・・・


そんな兄の卒業アルバム。。。

新しい小学校の生活に慣れ、遊ぶ友達もでき、そこで少しずつ成長するにつれ
(兄の卒業アルバムを)見ることも懐かしむこともなくなり
妙に “ひっかかる子” の存在もすっかり忘れてしまっていたのですが・・・


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/945 〔プロローグ〕
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/946 〔第1章〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(2/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第2章(全4章)です。


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〔第2章:遠くに差し込む “一筋の光”、それに向かって歩いた先には・・・〕

(前回(第1章): http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/946 )

このまま仕事を続けていくことへの “無意味” さ・・・
過去、 “挑戦しなかった” “やり残した” ことによる未練や後悔・・・
様々なこと・些細なことで傷ついてしまう繊細さ・・・
『自分探し』や『居場所探し』を繰り返す日々・・・

社会人になって2,3年目のころから
もがき続けること約8年。。。(長っ!)


とにかく

「このまま年齢を重ねて生きていったとしてもどこかで必ず後悔する」
「安定した会社で半分 “妥協して” 働いて生きていったとしても、何も残らない」
「とにかく、いまの自分を変えなければ」「生き方を “修正” しなければ」


という思いでいっぱいだったので
いままで生きてきた人生の振り返りを自分なりに行い
(何歳の時にどんな思い出があるか/どんなことに興味があるか/自分の得意なものは何か など)
何回も何回も自問自答を繰り返す中、ふと
『カウンセリング』というキーワードが自分の中に “降りてきた”  のです。
  ←自分の心の中に残っているいい記憶・心地よい記憶のひとつに
   大学生のときしていたアルバイト(河合塾の『チューター』)があり
   自分の経験を人に伝えるような、何か物事を分かりやすく伝えるようなことをしたいと。
   そんな思いが『カウンセリング』というキーワードを引き寄せたのか・・・?


それはまさに、鬱蒼とした森の中をさまよい続けて歩くその先に差し込む “一筋の光” のようでした。


「この『カウンセリング』というものに、自分の生きる意味を見い出せるのではないか・・・」

そんな希望を持ち、カウンセリングを学べる学校を探すことにしました。
  ←そのころはまだ「カウンセラーになろう」という思いは小さく
   「遠くに差し込む “一筋の光” に向かって進んでいこう」という思い   


そして見つけたとある学校・・・

大きな “思い” を抱いて学校を訪れ
カウンセリングを教えてくださる先生方や、これから一緒に学んでいく人たちと対面し
その中のあるひとりの方の自己紹介を聞いたとき
その〔奇跡的な出来事〕に遭遇したのです。


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/945 〔プロローグ〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(1/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私が『カウンセリング』というものに出会って起きた〔奇跡的な出来事〕
きょうが第1章(全4章)です。


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〔第1章 : 年齢を重ねるたびに増していく “生きる苦悩”・・・〕

私が『カウンセリング』というものに
自身のこの世での果たすべき役割や生きる意味があるのではと “悟った” のは
いまから13年ほど前、年齢で言うと32~33歳のころでした。

自動車業界に勤めること10年弱。
仕事内容の困難さはあったものの、給与・福利厚生・休日などの部分においては
おそらく…というか、(他業種よりも)かなり安定した業界だったこともあって
そのまま “割り切って” 働き続けられればよかったものの、そうはいかず

「仮にこのまま(定年まで)頑張って会社勤めをしたとしても、おそらく何も残らない」
(そのとき、きっと「自分の人生なんだったんだ」と、取り返しのつかない後悔をしそう)


とか

「 “普通に” 結婚し “普通に” 家庭を持ち(何十年のローンをかけて)マイホームを持つことが
 自分にとって本当に幸せといえるのだろうか・・・」


とか

「そんなふうにしてあっという間に人の一生は終わってしまうのか」​

という思いに少しずつ苛(さいな)まれていくようになりました。


それ以外にも
過去に対する未練や後悔、家庭不和などからくる『コンプレックス』や『ネガティブ要素』が
日常生活を送るうえでちょっとした陰を落とすような感じになったり
世の中のニュースや日常のちょっとした出来事でひどく傷ついてしまったりと
『うつ』や『ノイローゼ』とまではいかないまでも、かなり苦悩していたように思います。
  ←(思春期くらいから)理想と現実の間のフワフワしたところをさまよい続け
   「あっという間に大人になってしまった」という “焦り” みたいなものが
   社会人になっからものすごく大きな重しとなってのしかかったような感覚・・・


当然、そんな状態では自分に自信を持つことができず
(仕事もスムーズに段取り組めない・・・/他人がやたら充実しているように見える・・・)
また、いわゆる “結婚適齢期” だったにも関わらず
ステキな女性と結婚したいと思う気持ちも心の奥底にしまってしまい・・・
  ←家族に関して大きなコンプレックスを抱えてしまい
   自ら『結婚不適格者』という “烙印” を押してしまったような・・・
   よって、女性に対する苦手意識はないものの、深い関係までいくのを避けるというか・・・


そのため
「このままではいけない」と、なんとか会社勤めを続ける一方で
仕事以外の時間は、常に『自分探し』というか『居場所探し』をするため
ネットで検索したり、本屋に行って様々な本を見ては自問自答を繰り返したり・・・
  ←「いまの会社をやめて転職したい」という気持ちを持ちつつも
   仮に転職したとしても、いまの心の状態では「同じことの繰り返しになる」と思っていた



そんな日々が社会人になって2、3年目くらいから
(『カウンセリング』に “一筋の光” を見い出すまでに)8年間近くも続いたのです。


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 (『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕:過去掲載分)
 http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/945 〔プロローグ〕

『カウンセリング』に出会って起きた〔奇跡的な出来事〕(プロローグ)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

こんな場所で、改めて宣言するのもなんですが
私は一生『カウンセラー』であり続けようと思います。

それが私のこの世での課せられた使命であり、果たすべき役割と考えているからです。

なぜ、そう考えるになったのか・・・それは
『カウンセリング』というものに出会ったことによって
自分の人生が大きく開けたのはいうまでもなく
他の人ではなかなか味わうことのない〔奇跡的な出来事〕に遭遇したからです。

その〔奇跡的な出来事〕は、いまでも私の『心の支え』になっているわけですが、裏を返すと
この世で果たすべき役割・生きる意味を追求し続け、自分なりの答えを見つけ出した ことが
その〔奇跡的な出来事〕を引き起こしたといっても過言でないかもしれません。

 ・・・誤解のないように申し上げますと
    『カウンセリング』そのものに〔奇跡的な出来事〕を引き寄せる力があるわけではありません。
    (あたりまえですよね)
    ただ、もし、みなさまが自身の今後の人生を大きく開かせようとするのであれば
    『カウンセリング』によって自身のこの世の役割・生きる意味を追求することこそが
    最良の手段であると私は考えています。


(また、当然、カウンセラーとしての “純度” を高めるため、いまもその意味を追求し続けているわけですが)


さて、そんな私の身に起きた〔奇跡的な出来事〕とはいったい何でしょうか?

明日以降4回にわたって書いていこうと思います。

(芸能人だけでなく)一般人も歯が命

みなさま、いつもありがとうございます。

毎年6月と12月に歯の定期健診に行っている私。

先日、半年ぶりに歯の定期健診のため歯医者に行ったわけですが
案の定(?)ちいさな虫歯がちらほら・・・

確かに、嫌な予感はしてたんですよねぇ~

日常マスクをしているためか
口を動かすことが少なくなり、(唾液がうまく循環せず)口の中が掃除されないというか。。

そういった意味では、以前チラッと書いた “仮説”
『マスクをすると『虫歯』になる・・・?』の説はあながち間違ってはいないかも。
(参照URL : http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/853 )


数年前(いや、十数年前が正しいか)
「芸能人は歯が命」なんてコマーシャルがありましたが
いやいや、芸能人だけでなく、「一般人も歯が命」

歯周病菌はあらゆる病気の元凶になっているとも言われてますからね。

みなさまもどうか、歯の定期検診を忘れずに。

冬、セーターを着るのがうれしい毎日

みなさま、いつもありがとうございます。

今年もあと残すところ半月あまり・・・
寒さも少しずつ厳しさを増しているわけですが
(きのう、きょうなんて特に寒いですよね…雪もちらほら)
その寒さに関し、私がすこし “ごきげん” に感じる瞬間があります。

それは、その日どんなセーターを着ようか選んでいるとき。

いろいろな色・柄のセーターを持っているわけですが
どのセーターも、買うときにちゃんと試着し、納得したうえで購入したものだし
当然、着ていくうちに愛着も出てくるわけで。

確かに、外は寒いわけですが
それらのセーターを着ると、ただ単に体温を逃がさず、暖かいままでいるだけでなく
心までも温かく・ほっこりさせてくれるというか。。。

街の中、大きな公園、ショッピングモール・・・

この冬は、いつもよりちょっと多めに歩いてみようと思います。

眠れぬ夜に〔♯28〕『美』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯28〕

『美(び)』とは・・・
『心を落ち着かせるもの』である。



〔解釈とヒント〕

『美』という1文字から連想するもの・・・

芸術品や伝統工芸だったり、女性だったり、センスだったり
人によっていろいろあるわけですが、端的に言えば
いいもの、理想的なもの(あこがれを含む)ということになるのかもしれません。


古代ギリシャの哲学者プラトン(427B.C.-347B.C.)は
『美』を「永遠の理想、つまりは完璧な状態であること」を定義しました。

完璧というのは、顔やスタイルに置き換えると、均整がとれているという意味です。
(平たく言えば「整っている」)

その一方で、芸術を見れば分かるように
美は左右対称だからいいというものではありません。

ときにはアンバランスが美しいということにもなるのです。

ピカソの絵しかり、盆栽しかり・・・

これらの芸術分野に代表されるように
近代に入ってから哲学者が唱える『美』は
主観的、感性的なものが主流になってきます。

そうなると、美の基準は人によってまちまちになることから
美というものが普遍的でないということになってしまうわけですが
これについて、ドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)は
『趣味判断』という概念を唱えています。

つまり、美の基準は人それぞれであっても
美という感覚を構成するのはどの人も同じメカニズムである という点に着目したのです。

よって、たとえ『美意識』が人によって異なったとしても
それらを共有できる可能性はあるというわけです。

また、カントは『共同体感覚』といって
同じ共同体ではそういう共通の土台があることも言っています。

同じ共同体にいると、感覚が同じになってくるのでしょう。

つまり日本人なら、この風土の中で過ごすことで
おなじ日本人的な美意識を持つようになるということです。


その他、時代によって『美の基準』が変わるのも同じような理由のひとつと言えそうです。

昔の写真や映像を見ると、ほんの十数年前にも
あんな服やメークが流行っていたのかと驚くことさえあります。

また、同じ一個人の中でも、年齢を重ねるによって美意識が変わっていくのも
ある意味、面白かったりします。​

でも実は、これはとても大事なことで
美意識が変わっていく、つまり “好みが変化する” というのは
実は好みの範囲が広がることを意味しており
何が完全なのか判断する際の幅が広がるということです。

つまりこれは、美に関しても寛容になる ことを意味し
美に関して寛容になるということは
他者をより認めることができるようになることにつながります。

「日本人だからといって日本人しか美しいと思わない」というのでは
人種的偏見につながりますよね。

それを克服するためにも
美意識の幅が広がるのは望ましいことと言えます。


日常においても、何でも美しいと思うことができれば
自然と心がおおおらかになるのではないでしょうか?

ちなみに、女性がリラックスのために行くエステは
『エステティック(美的)』に由来する語ですが
なんでも美的と思うことでリラックスできるなら
こんな手ごろなエステはありません。

リラックスして眠るなら、マッサージも何もいらないのです。

ただ周りにあるものを美しいと思えばいいだけですから。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)