ハートオフィス・あおい

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2020年2月12日

眠れぬ夜に〔♯18〕『食事を摂る』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯18〕

『食事を摂る(しょくじをとる)』とは・・・
『「惜しい」と思うこと』である。



〔解釈とヒント〕

「ところで皆さん、きのうの夜は何を食べましたか?」

そう聞かれて、なかなかすっと答えが出てこない人も
実は結構多いのではないでしょうか。

それくらい食事を摂ることはあたりまえで
無意識で行っている行動のひとつだと言えます。


身体をつくる(もしくは維持する)ために、また、栄養を補給するために
すべての生物が行う、この『食事』という行為。

しかしながら、この『食事』の際に、人間だけが行うことがあります。

それは『儀式』です。

文化や宗教によって多少異なりますが
ほとんどが(食べ物に)何らかの感謝の意を表してから食べ始めます。

日本人は特に丁寧で
合掌して「いただきます」と唱和し、同様に合掌して「ごちそうさま」と唱和します。


では、なぜ私たちはこのような『儀式』を行うのでしょうか?

食事をつくってくれた人への感謝もあれば
その食材をつくってくれた農家の人たちへの感謝もあるでしょう。

はたまた、神や自然への感謝というのもあると思います。


日本の場合、本来の「いただきます」は、一拝一拍手のあと
「たなつもの 百(もも)も木草も 天照す 日の大神の めぐみ得てこそ」
という和歌を詠むのが正式な作法といわれています。

まさに神事ですよね。

欧米のキリスト教徒も同じように、神にお祈りを捧げてから食事をするわけですが
ベースにあるのは、日本と同様、自然の恵み、とりわけ命をいただいているところにあると思います。

にもかかわらず、現代はあまりにも何も考えず機械的に食事をするところがあるので
天の恵みに対する最低限の礼儀として、「おいしい、おいしい」と言って食べる必要があると思います。


ここでひとつ、「おいしい」の語源について考えてみると・・・

「好ましい」とか「優れている」という意味を示す
「いし」が変化したものと言われていますが
この「いし」を「惜しい」と捉えてみてはいかがでしょうか。

口に入れたものを「おいしい」と感じるのは、ほんの一瞬です。

喉に入ってしまえば、もう味は分かりません。

だからこそ、その一瞬を惜しいという気持ち
これが「おいしい」ということの意味だと捉えるといいかもしれません。

そうすると、普段何気なく摂る食事であっても
もっとゆっくり、味わって食べたいと思うようになるのではないでしょうか。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)