ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2021年06月

初めて “口にする” ことで得られる気づき ~カウンセリングの醍醐味~

みなさま、いつもありがとうございます。

仕事において、家庭において、日常の生活の中で
思ったことや感じたこと・考えていることを『自分の意見』として言う機会は
(そして、それを人に “ちゃんと” 聴いてもらう機会は)
どのくらいあるでしょうか?

多くない(もしくは、ない)というのが大半の人の答えではないでしょうか。


人が1日にはたらく思考の回数は、6万とも10万ともいわれており
その8割はネガティブなものと言われています。

そしてそのネガティブな思考が上手に “消化” できず
悶々と毎日が過ぎていくということになります。

そうなると、やはり心だけてなく体にも負担がかかるというもの。

思考を消化するためには
言葉だけでなく身体を使って表現する必要があるわけですが
意外と皆さんが(私自身もそうなのかもしれませんが)おろそかにしていることがあって
それは、ちゃんと “自分の言葉” で表現しているかどうかということ。


自分の言葉・・・

・ありふれた言葉、模範解答、常套句
 また、文章に使うような表現・言い回しでないこと

・使い慣れてない丁寧語などで話すのではなく
 普段使っている言葉(知人と話しているときの言葉など)をそのまま使う

・怒り、憤り、悲しみ、妬み、絶望感 etc…
 感情が湧いてきたら、それもためらわずに素直に出してしまう
 (悪口、汚い言葉もお構いなしに吐き出してしまう)



“ありのままの自分” を出すことによって
初めて自分の “ほんとうの” 気持ちに気づく
ことが、実に多かったりします。

(悩んでいることが違う(悩みではなかった)ことに気がついた。など)


クライエントさんが(問題、悩み、苦悩、恐れなどを)初めて口にし
「はっ!」と表情が変わり、自分の “ほんとうの” 気持ちに気付く瞬間・・・

私たちがカウンセリングを提供するうえでの醍醐味のひとつでもあります。

短所は誰かの役に立っている〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

人は誰にだって『長所』や『短所』というものがあります。

多くの人は、自分が思う短所を人に隠そうとしたり
隠しきれずに、ちょっとした課題や悩みなどを生じてしまうわけですが
隠そうとせずに、このような見方をするといいのではと思うことがひとつあります。

それは

(自分の短所は)長所としている人の『役割』を担っている

ということ。

つまり
自分に短所があるということは、それを長所にしている人の
何らかのお役に立てているわけです。


例えば、手先が不器用。

手先が器用だという人にとってみれば
不器用な人がいるからこそ自分の長所に気づき
自分の『役割』を果たすことができる。

「誰かの役に立ちたい」という大事な欲求のひとつを満たすことができている。

――商売もこのような関係でなりたっていたりしますよね


「なるべく人に迷惑をかけないて生きたい」と思う人は多いです。

そして『完璧』を目指す人も多いです。

ですが、人間生きている限り
必ず多くの人や自然に迷惑をかけて生きているわけですから
短所を打ち消そうとせず、支え合って生きていけばいいと思うのです。


仕事・子育て・生き方そのもの・・・

それらのものに誇りやプライドをもって取り組んでいる方も多いわけですが
一方で、その誇りやプライドといったものは、その人が心の奥底に抱えている
劣等感みたいなものと表裏一体のような気がします。


つまらないプライドを捨て
「素直になれるかどうか」というところがあるかもしれませんね。

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション』

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、最後の3つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


③ こころのつぶやき(感情の自己開示)

自己開示とは、自分を開くことです。
自己開示には《価値観の自己開示》《事実の自己開示》《感情の自己開示》の3つがありますが
ここで重要なのは、相手の方の話を聴いているときに
自分の中で『ふと浮かんできた思い』をつぶやくように伝えていくことです。

たとえば

「そうか……それは……やるせない……やってやれない……」

といったようにです。

相手の気持ちに自分を溶かし込むような仕方で、話を聴いているときに
ふと自分の内側が浮かんできた《感じ》《気持ち》《思い》をつぶやくようにして
相手の方に伝えていくのです。

ここで重要なのは、自己開示の際、隠れた主語が「私は……」になっていることです。

隠れた主語が「あなたは……」と二人称になっていると
相手の方は責められたような気持ちになることが少なくありません。
それでは、あなたの真意が伝わりません。

そうではなくて「ほんと……○○ですね」と、隠れた主語を「私は」にして
自分自身の実感をそのまま言葉にぽつりと言葉にしていくのです。


 (『リレーション』とは? :過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1057
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1058
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1059

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(3/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション』

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、きょうは2つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


② 伝え返し(リフレーション)

伝え返し(リフレーション)とは

 相手の方が言葉によって表現している気持ち
 この言葉で “言おうとしていること” をありありと思い浮かべながら
 「○○という感じでしょうか」と、
鏡のように映しだして
 それでぴったり合っているかどうか、相手の方に “確かめてもらう”

応答です。


例えば、ある女子高生がこんなふうに言ったとしましょう。

「もう、いい……。お母さんに、わかってほしかったけど……いい。もう、いい……。いい……」

このとき、この女性がこの言葉で言い表そうとしている
《気持ち》《言おうとしていること》(=感じられる意味)をありありと思い浮かべながら
「こういう気持ちかな?」と確かめるような姿勢で

「そうか……。もういいか。お母さんに分かってほしくて、いろいろやってみたけど
 わかってもらえない。 もうあきらめた。 ……もう、いい……そんな感じかな?」


と応答していくのです。


つまり

 相手の《鏡》になったかのような姿勢
 いまその人が言おうとしていることの意味合いをありありと思い浮かべ
 「○○な感じかな?」と伝えて、確かめていく。


ことです。


このとき
『内容よりも気持ち』『事柄よりも感情』に応答することが鉄則になってきます。


 (『リレーション』とは? :過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1057
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1058

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(2/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション』

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、きょうは1つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


① うなずき・あいづち

このうなずき・あいづちこそ
「私はあなたの話をちゃんと聴いてますよ」
「聴き流しているのではなく、関心を持って耳を傾けていますよ」
という姿勢を伝えることができる最も基礎的な技法といえます。

他の人から人生のつらい出来事や、苦しかった思いを打ち明けられたときには
あまり『自然体』にこだわらず、少しオーバーなくらいにゆっくり、大きくうなずきましょう。

相手のペースに合わせながら、少しゆっくりなスピードがちょうどよいでしょう。

『自然体』にこだわりすぎると、話を聴いてもらったほうは
「あまりしっかりと受け止めてもらえなかった」という感じを持つことが多いものです。
少し大きめに、ゆっくりとうなずきましょう。

あいづちも重要です。
しっかりと声に出して、相手の方よりも少し低めの声、少しゆっくりめのスピードであいづちを打ちましょう。

「ええ、ええ……なるほど。……そうですか……はい…はい……あぁ……えぇ」

こんなふうに、行間を響かせるような仕方で、あいづちを打っていくのです。

うなずき、あいづちの基本は
相手の方よりも少し「大きめ、低め、ゆっくりめ」です。


 (『リレーション』とは? :過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1057

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(1/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

職業や立場によって、また、年齢を重ねていくことによって
人から相談される機会というのが出てくると思います。
(ex 勤務先の上司、学校の先生、医者、士業、各種セラピスト etc… )

相談された側からみると、自分が「信頼されている」と思い
ついうれしくなってアドバイスしたり(ひどいと、ダメ出ししたり)
経験談など織り交ぜ自分自身の話をしてしまうこともあるかと思いますが
その場合、「やっとの思い」で相談した人が “そっちのけ” になってしまい
「相談して損した」と思われることも数多く見受けられるようです。


そうした状況にならないための注意すべきポイントが
大きく分けて2つありますので、今月、来月と順に紹介していきますが
まずひとつ目、今月紹介するのは『リレーション』というものです。
(もうひとつの『傾聴』は来月に紹介していきます)


おそらく、初めて聞くという人がほとんどであろう
この『リレーション』ということば・・・ 一言で表すと

心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていく

ことです。


つまり、相談者が相談した相手に対し

「私は、この人と気持ちがつながっている」
「この人には安心して話ができる」
「この人とは、気持ちがひとつに重なって、同じこころの世界を味わえている」
「この人は、私の気持ちを、こころのひだまで丁寧に分かってくれようとしている」


と感じることができる人間関係のこと。


私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず

・思春期で多くの悩みを抱えているお子さんに対して生かす
・夫婦関係、親子関係の改善に生かす
・上司と部下との関わり、教師として子どもと保護者との関わりに生かす

といった “カウンセリング的関わり” においては、必ず『リレーション』の関係が存在し
この関係なくして『安心して話ができる場』は存在しませんし、相談者を援助することはできません。


また、そんな『リレーション』をつくるためには、3つの大事な要素がありますので
それぞれについて、今後また詳しく書いていきます。


(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)

プロスポーツ選手・コーチの『うつ病』告白・診断より、改めて “うつ” について考えてみる

みなさま、いつもありがとうございます。

かれこれ1ヶ月近く前になるでしょうか・・・

女子テニス・世界ランキング2位の大坂なおみ選手が
「自分がうつ病である」ということを告白し
当時のスポーツニュースの大きな話題となりました。
(ただ、直近で診察してもらってそう言われたのか、以前よりそういった傾向にあるということなのか疑問点が多いですが)

また、プロ野球中日ドラゴンズの二軍ピッチングコーチであった門倉健さんが
球団に退職届提出のもと突然 “失踪” し、その後無事見つかったものの
『うつ病』と診断されたとのニュースがありました。


『うつ病』・・・

『うつ』の “病的具合” ・・・

改めて難しいところだと思います。


以前(といっても、かなり前に)
“うつ” は生活習慣病の予備軍のようなものであると書いたことがありますが
(該当URL: http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/475 )
一方で、病的レベルの “うつ” は、それこそ
人の一生を左右するかなり重度の “生活習慣病” であるような気がします。


周りが見て、あきらかに「いままでと違う」と感じるようなとき・・・

 〔例〕急に感情的になる  思いがけない弱音を口にする
    奇声を上げる  ただ1点のみをぼーっと見つめている
    動作や表情が鈍くなる  ふわふわした歩き方をしている  など

いち早く専門の大きな病院で受診された方がいいのかもしれません。
(街中にある心療内科ではない、ちゃんとした検査設備の整っている施設)
    ↓↓
  光トポグラフィ検査、脳波検査、CT、MRIなどによって
  “病的なうつ” は『脳の病気』として診断・治療していただけるはずです。
  (ただ単にその症状にあわせて薬を出すだけのようなことはしない)


上記と同じようなことを、劇作家の鴻上尚史さんは
「うつ病は心の骨折である」という表現を使って説明しています。

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先日、ネットで「うつ病は、脳のこむら返りみたいなものだ」という表現を見ました。

これは「うつ病なんてのは、気合が足らないんだよ。根性とガッツで乗り越えるんだよ!」と言いがちな体育会系の人達(いや、もちろんイメージですが)にも「こむら返り」は、気力や根性ではなんともならない病気だと簡単に理解できる、とても的確な言い方だと思いました。

経験した人は分かりますが、脚がこむら返りを起こした時は、根性で走ったりガッツで伸ばそうと思ってもムダです。
筋肉はぎゅーっと固まり激痛が伴います。気合で乗り越えようとすればするほど、痛みが増すのです。

この痛みは、体育会系であればあるほど、経験しているでしょう。
「うつ病はこむら返り」と表現することで、「そうか。それは大変だなあ」と理解する人が増えると思います。

僕はずっとうつ病を「心が骨折したようなもの」と表現してきました。
これはうつ病は「心が風邪をひいたようなもの」という言い方があって「風邪なんてのは、気力で治るんだよ。いや、そもそもたるんでいる奴がひくもんなんだよ」という精神論を徹底的に否定するために言っているのです。

風邪は病院に行かなくても治るかもしれないけれど、骨折は病院に行かないとちゃんと治らない。
そう言いたいために「骨折」という表現を使っています。


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(AREA連載企画「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」2018.9.4 より一部を抜粋)

眠れぬ夜に〔♯34〕『勇気』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯34〕

『勇気(ゆうき)』とは・・・
『的確な目的を抱いた状態』である。



〔解釈とヒント〕

きょう1日、勇気がなくて失敗したことを思い出してみてください。

告白できなかった・・・
会議で手があげられなかった・・・
困っている人を助けられなかった・・・

いずれも、あと少し勇気があれば、なんとかなったでしょう。

勇気がなかったがために、後悔する結果となる。

思い出すと夜も寝られないという人がいるのではないでしょうか。


では、どうすれば勇気を出せるのか?

「根性を鍛えればいい」などという人がいますが、その方法が問題です。

バンジージャンプを体験すれば、勇気が持てるようになるとは思えません。

高いところから飛び降りることに対して免疫が付くかもしれませんが
それは勇気とは異なります。


そんな私も、いままで生きてきて
数えきれないくらい多くの後悔があるように思うのですが
(やはり(?)やった後悔よりやらなかった後悔の方がはるかに多い)
いま思えば、私が “チャレンジ” できなかったのは
負けるのが怖かったからだと思います。

要は『負ける勇気』が持てなかったからです。


では、改めて勇気について考えてみたいと思います。


これまで何回か出てきましたが
古代ギリシアの哲学者・プラトン(前427-前357)が
『ラケス』という本の中で『勇気』について論じている部分があります。

ラケスというのは、将軍の名前で
兵士を題材にその本質を暴こうとしているわけですが
兵士に欠かせない勇気のひとつである「忍耐強さ」は、目的次第であるということが結論付けています。

例えば、兵士になって戦死するのは怖いけれど
「祖国を守る」という目的があるなら、その怖さが薄れるというのです。
(より忍耐強くなって “勇気が増す” )

単なる「怖いもの知らず」もいますが
それは動物や子どものようなものであって、勇気とは異なりますよね。

つまり、勇気を持つためには
(根性で鍛えるのではなく)明確な目的を定めればいい ということになります。

そうすれば、いかなる恐怖を乗り越えて行動に移せるに違いありません。


では少し改めまして
人間にとって『恐怖』とは・・・それはやはり生きることそのものになると思いますが
(これまでの話同様)生きる目的をしっかりと抱くことができれば
どんな困難にも立ち向かっていけるように思うのです。

少し前に述べた『負ける勇気』というのも同じです。

負けることが自分を強くし、成長する契機になると捉えるようになり
それをチャレンジの目標に据えることができるのです。

勇気は持とうと思って持てるものではありませんが
目的をしっかりと定めることができるなら(勇気を持つことも)できるはずです。

そうすれば、勇気を持てなかったことで後悔する夜もなくなることでしょう。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

『いまを生きる』ことの積み重ねが明日をつくる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

当HPのニュースリリースの項目のひとつ
『明日につながる希望の哲学』より。。。

〔『明日』とは?〕
http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1012

〔『未来』とは?〕
http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1032


先の見えない時代・・・なんて
ひと昔前の時代は先が見えていたかというと
決してそんなことはなく・・・

(そう、本来『先』は見えないもの)

いつの時代においても、社会や人間の運命の不公平・不平等感は否めないけど、一方で
時間というものは誰に対しても平等で、皆同じように明日というものが訪れる。。。

だからこそ、見えない先に対して不安に感じるよりは
『いまをよりよく生きる』ことによってまだ見ぬ明日へ “願いを託す” というか。


食べるもの、着る服、したいことすべきこと
要不要の選別(物、情報、習慣、考えや思い込み)
付き合う人、愛する人、さよならする人 etc…

日常的なことから心の奥底に至る部分まで
一つひとつ丁寧に選択し “ベストな自分” を作り上げていけば
世の中の状況がどうであれ、その延長線上にある未来は
きっとステキなものになるのでは。

最近特に、そう感じるようになりました。

あなたが生まれてきた意味とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

人生は(毎日起こるちょっとしたものや、人生を揺るがしかねない大きなものも含め)
さまざまな出来事と経験の積み重ねでできています。

また、その出来事や経験を通じての気づき・解釈の仕方・人との出会いや関係性などから
「人生とはこういうものだ」という結論めいたものに至るわけですが
私の思うに、そういった出来事や経験、それにともなう人との出会いは
その人の人生にとって 意味があるからこそ、人生の中に “降りてきた” のではないかという結論に
至りつつあります。
(個々の人生の中のプログラム〔シナリオ〕として “仕組まれていた” かのように)


また、そういった出来事や経験を通じて “湧いてきた” 自分自身への問い

・なぜ、自分にだけこのような出来事がおこってしまったのか
・この出来事がこんなにも苦しく感じてしまうのはなぜだろうか
・この出来事は自分にとってどういう意味があるのだろうか
・(とんでもない出来事に遭遇した結果)自分の人生はなんだったんだろうか

はたまた

・なぜ、このタイミングで(この時代に)生まれてきたのか
・なぜ、この両親のもとに生まれてきたのか
・なぜこんなにも「これだけはどうしても譲れない」のか
・なぜこのことが妙にワクワクしてしまって頭から離れないのだろうか
・なぜこの人がこんなにも好きなのか/どうしても好きになれないなのか

といったものに対し
じっくり時間をかけて答え〔結論〕を出していくことは、すべて

あなたがこの世において果たすべき役割があり(つまり、あなたがこの世に生まれてきた意味があり)
その役割(いわば、人生におけるmission)を果たすための手がかりになる


と考えるようになりました。


とはいえ
急に「自分の人生において果たすべき役割って、何だろう」と考えても
そう簡単に出るものではありません。

(本来は気の遠くなるような長い年月をかけ、また、ときには一生を費やしてこの答え(結論)を出していく)


ただ、あるいくつかの課程(前提みたいなものも含む)を経ていくと
上に書いたような問い ~自分が生まれてきた意味〔人生において果たすべき役割〕~ の結論が導かれ
ほんとうの意味での自己実現につながっていくと信じています。


では、その過程とはどういったものでしょうか?

全部で9個ほどありますので
来月から9ヶ月にわたり、第1月曜日の4日後(金曜日)に書いていきます。