ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

2022年03月

「生きていく」のではなく「生きてみる」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のプレスリリースにて
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲を紹介しましたが、それに関連して。
( http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1236 )


「生きていく」という言葉はすばらしい。

「自分の人生、自分で切り開いていく」という
意志を感じることができるから。

ただ、長い人生。
必ずしもそうとばかりいかない・・・

何のために生きているのか分からず
砂を噛むような日々を送ることもあるかもしれない・・・

(年度が変わるこの時期、うつ状態に襲われる方がものすごく多いようです)


そんな気持ちに襲われたとき

まず1日「生きてみる」

そして、何とかその1日を無事過ごすことができたのなら

もう1日「生きてみる」


その繰り返し。
 

また、この感覚は
曲の後半の歌詞に通じるものがあると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私には 私の生き方がある
 それは おそらく自分というものを
 知るところから 始まるのでしょう
 けれど それにしたって
 どこで どう変わってしまうか
 そうです わからないまま生きていく
 明日からの そんな私です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かけがえのない、あなただけの人生。

「私は今日まで生きてみました」〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、車を運転中
何気なく聴いていたラジオから流れてきた
吉田拓郎さんの『今日までそして明日から』という曲。。

この歌の前半部分はというと・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

♪私は今日まで 生きてみました
 時には誰かの 力を借りて
 時には誰かに しがみついて

※私は今日まで 生きてみました
 そして今 私は思っています
 明日からも こうして生きていくだろうと※

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かを あざ笑って
 時には誰かに おびやかされて

 (※くり返し)

 私は今日まで 生きてみました
 時には誰かに 裏切られて
 時には誰かと 手をとり合って

 (※くり返し)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を聴いて、少し面白いというか
どことなくほっこりした気分になったわけですが、なぜか。。。

それは、歌詞の冒頭にある

生きて “みました” (「生きてきました」じゃない)

の部分。

(これまで何度か耳にしたことはあったのですが、気が付かなかった)

そう。

「生きてきた」のではなく「生きてみた」と書いているところ。

これを未来に向けて書いたとき
(「生きていく」ではなく)「生きてみる」になるわけですが
この感覚こそが、実はとても大切なのかなと思ったこともありまして。

次回、少し踏み込んで書いてみたいと思います。

カウンセリングの基本的考え(2/2)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

前回の続き、クライエントさん自身の気づき・成長の援助をするため
私たちカウンセラーは ある前提条件 をもって皆様に関わり、支援していくわけですが
その前提条件とはどういったものでしょうか。
(前回URL : http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1233 )


② 答えはその人自身が持っている

上に述べた前提条件・・・
「どうしたらいいのか分からないからお願いしにきてるのに、どうして?」と思われるかもしれませんし
説明するのも少し難しいのですが、自分なりにわかりやすく書いてみると・・・

セッションにおいて私たちカウンセラーは、当然のことクライエントさんの話される内容について
丁寧に耳を傾けているわけですが、その際、話の内容だけでなく身体の動きにも着目してみるようにしています。

例えば

・目の動き(視線の方向、まばたきの回数、どのくらい目と目が合うか)
・手の動き(頭や顔を掻く、指を机をたたく)
・呼吸(深いため息、憤りに満ちた鼻息、浅い呼吸)
・姿勢(肩が落ち込んでいる、背中が丸まっている、前のめり)
・それ以外のしぐさやその人の持っているであろうクセ、性格傾向

など・・・

端的に言えば、無意識で行われている動作のことです。

これによって、その人の現在の “危機的状況” がある程度把握することができます。
(どのくらいクライエントさんが「今のままではいけない」と感じているか)

また、こういった無意識で行われている動作の他、クライエントさんの中から思わず出た言葉や
噴き出した感情、涙などをカウンセラーが丁寧に拾い上げ、クライエントさんに伝えていくことによって
(その他、クライエントさんのお話をもとにいくつか質問をし、その質問に答えていただくことによって)
少しずつ、クライエントさんの中にある変化が生じてきます。

その変化を例えるなら
「鬱蒼とした森を長い間歩き続けていく中で、遠くの方から一筋の光が差し込む」
ようなものでしょうか。

そしてその一筋の光が徐々に大きくなっていって、それが「出口だ!」と確信した瞬間
クライエントさんは『腑に落ちた』感覚を味わいます。
(その人自身の持っていた “答え” に到達)

自分自身に目を背けず真摯に向き合えば、カウンセリングによって
(方程式のような、はっきりした明確な答えではなくても)
必ずその人自身が “持っていた” 何かしらの答えに到達することができます。

「自分の “ほんとうの” 気持ちに気づく」という言い方のほうがしっくりくるかもしれませんね。

カウンセリングの基本的考え(1/2)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

起きてしまった出来事や生じてしまった問題や悩みに対し
どう処理したらいいのか分からない(解決できない)からこそ
私たちのようなカウンセラーに問い合わせがあるわけなのですが
すぐにその問題や悩みの除去に向けて取り組むかというと、決してそうとは限りません。
(当然、クライエントさんの意向を尊重します)

ではなぜカウンセリングというものが存在するのでしょうか?

それは、問題や悩みを抱えた方(クライエントさん)に ある前提条件 をもって接することで
問題や悩みの除去・症状の緩和だけでなく、クライエントさん自身の気づき・成長の援助をするという
真の目的 があるからなのです。

ではその前提条件というのはどういったものでしょうか。

自分なりに分かりやすく書いてみることにします。
(その前提条件を『カウンセリングの基本的考え』として、きょうとあす紹介していきます)


① 問題や悩みに『目的』や『意味』がある

問題や悩みがあることによって毎日の生活に何らかの痛みがともなったり
そのことが健康的で自分らしく過ごすためのストッパーになっているとしたのなら
当然、それはとてもつらいことではあるわけなのですが、『クライエントさんご自身の人生に必要があって(問題や悩みが)生じている』という考えを前提にしています。

そう。何かしらの『目的』や『意味』があって問題や悩みが存在している。
(『因果論』ではなく『目的論』)

簡単にいうならば
「今のままこの生活を続けていくと、もっと大変なことになりますよ」
という警告かもしれませんし
「 “ほんとうの自分” に出会える時が来たよ」「新しい自分を見つけるチャンスですよ」という
“神様からのメッセージ” かもしれません。

もちろん、その意味を見い出すのはクライエントさん自身ですし
どのように問題や悩みに立ち向かっていくのかはクライエントさんの意向を尊重していくわけですが
いずれにしろ皆様に誠心誠意向き合い、セッション(カウンセリング)の最後に
歓喜の涙を流していただくくらいの支援をするよう、私自身努めていきたいと考えております。

カウンセリングに対する不安や恐怖

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

『カウンセリング』というものがかなり一般的になった世の中ですが
その言葉からくるイメージや “思い込み” などによって、不安や恐怖を抱く方も多いようです。

きょうはその中から、一般的に抱きやすいとされる不安や恐怖を下記に挙げてみました。

皆様の抱えている問題や悩みに対し、丁寧に耳にを傾けるだけでなく
カウンセリングそのものに対する不安や恐怖を取り除くこと、そして
カウンセリングに対する『誤解』をなくすことも、我々の大事な仕事のひとつと感じています。

〔カウンセリングに対する不安や恐怖〕
・こんなことを言うのが恥ずかしい   ・内容を理解してもらえない
・うまくしゃべれない         ・バカにされそう
・弱いと思われる           ・嘘を言っていると思われる
・第三者に知れ渡る、噂話にされる   ・人間関係が崩れるかもと考えてしまう
・人事評価などが悪くなる       ・相談することで自分がどうかなってしまうのではないか
・「甘えるな」と怒られそう      ・「精神科で診てもらったら」と言われそう
・「忙しいから」と断られそう     ・「○○に比べたらマシだ」と取り扱ってもらえない


こういった不安や恐怖がある一方で
「このままでは〔いけない/苦しい〕」「なんとかして今の状況を変えたい」と感じて
カウンセリングを受けようと思ったわけですから
その気持ちを抱いた自分自身を “信じる” ところから始めてみてはいかがでしょうか。

・「こんな自分でもいいじゃないか」と思えるようになること(自己受容)
・自分のことを認めたり、信じることができるようになること(自己肯定)
・将来に向かって何かしらの希望や目標を持てるようになること(自己実現)


私のカウンセリングは、この3つのステップを踏むことによって
皆様のかけがえのない人生をサポートしていきたいと考えております。

人生相談とカウンセリングの違い

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

先日、研修に伺った団体の参加者の方から
「人生相談とカウンセリングとの違いがよくわからない」という話をいただいたので
改めてその違いについて、私なりに簡単に書きたいと思います。

 〔人生相談〕
 
専門家が
アドバイスをすることによって、相談者の抱えている問題や悩みを解決する

 〔カウンセリング〕
 
専門家が相談者の話を傾聴し、フィードバックすることで相談者本人の感情の整理と気づきを促し
 人が本来持っている自己成長力・自然治癒力などを取り戻す
支援をする
 (アドバイスしないのが基本)


そう。カウンセラーはあくまで支援者(サポーター)。
アドバイスをしたり、問題や悩みの解決に導くための誘導をするわけではありません。
(そもそも、アドバイスとは(年齢・経験・立ち位置など)上の者が下の者に向かってする行為)

ただ、それでは
「問題や悩みを解決してくれないなら、意味ないじゃん!」となってしまいますので
ひとつ、例を出してみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

公園で過ごす小さな子どもとおかあさん。
子どもがはしゃぎながら走っていたとき、転んでひざをすりむき、ケガをした。
子どもはいまにも泣き出さんとばかり、おかあさんのところへ・・・

〔人生相談〕
「あらぁ、こんなにすりむいちゃって」
「よし! じゃあ、赤チンつけて、絆創膏すればすぐに治るからね」
と言って、ケガをした場所に赤チンと絆創膏をつけて傷の手当てをするおかあさん

〔カウンセリング〕
「あーあっ、痛かったねぇ」
「こんなにすりむいたのに、泣かずによくがんばったねぇ」
「おかあさんがいるから、もう大丈夫だよ」
「じゃあ、おまじないしようか『痛いの、痛いの、飛んでけぇ~♪』」
と言って、頭をなで、ときにギュッとして『安心感』を与えようとするおかあさん


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この例で私が伝えたいこと・・・それは

本来、カウンセリングというのは

人は心が満たされれば、おのずと
(その人に本来備わっている)自己成長力や自然治癒力を取り戻すことができる


という考えを前提にしてみなさんに接しているというところにあります。

そのため、カウンセリングにおいて最初にカウンセラーが行うのは
相談者(クライエントさん)の話を傾聴することによって無条件で ”受け入れる” という作業。

「私のこの(不安な… 苦しい… やるせない… )気持ちを分かってくれている」
「カウンセラーの方に私の話を聴いてもらえるだけで、すごく守られているような気がする」と
クライエントさんの心を満たすところから始めていきます。

(かといって(当たり前ですが)グチを言って「あー、すっきりしたー」というものではありません)

(また、裏を返せば、いつなんどき、どんなクライエントさんが来てもいいよう、日夜『心の器』を整えるよう努めているわけです)


また、先ほど冒頭で
「問題や悩みの解決に導くための誘導をするとは限らない」と書きましたが、それは
『解決する』ことが、必ずしもその人にとっていい答えになるとは限らず
『(問題や悩みを)受け入れる』ことが、その人の “納得のいく” 答えになることが往々にしてある 
からです。
(最初は「解決したい」と思っていても、カウンセリングを通じて心が少しずつ変化していく)
(カウンセリングが「答えはその人自身が持っている」と言われる所以)

 「カウンセリング」
  = 深く自分に向き合い、自分の “ほんとうの” 気持ちに気づき
  新たな自分をスタートさせるための場所・・・


そんな言い方もできるのかもしれません。

卒業おめでとう!

みなさま、いつもありがとうございます。

きょうは私の住む愛知県の小学校の卒業式。

学童保育に携わって6年が過ぎる私にとって
きょう卒業を迎えた6年生たちは、私にとって初めて
1年生のときからずっとその成長具合を見てきたこともあって
他の学年の子よりすこし思い入れがあり、また、感慨深いものがあります。


ドッジボールで当てられるたびに悔し涙を流し
(当てられた)高学年に向かって「死ね!」と石を持って追いかけにいったA君は
指導員の話を見事に受け流す、相変わらずのやんちゃぶりですが
低学年のわんぱく少年たちにとっては憧れの存在であり

また、他の子とあまり遊ばず絡まず
いつも肩車やおんぶをせがむなど、ちょっぴり “お子ちゃま” だったBちゃんは
おやつを食べた後の掃除やイベントのときに
低学年にスパッ、スパッと的確な指示ができるしっかり者のお姉さんとなり

他にも、80円分の駄菓子を買うとき
指でお金を計算しながらいつも買うのが遅かったCちゃんは
男の子に対して「お子さまね」的な冷めた視線を送りつつも
イケメン芸能人の話になると少し妄想のはいった話になったり
『まふまふ』や『YOASOBI』の歌をかけて勉強するなど、なかなか立派な “おませさん”

他にも、あーんな子やこーんな子。
みんな大きくなった♪

のっち(←学童でのニックネーム)はうれしいよ。


あいにく、きょうはちょっぴり強い雨ですが
この時季の雨は『催花雨』といって、春の花が咲くのを促すための雨でもあるんですよね。

来月から始まる中学校生活、そして
君たちのこれからの人生に、大きな花が咲くことを願って。

中日ドラゴンズ・平成ベストナインを選ぶ

みなさま、いつもありがとうございます。

プロ野球のオープン戦も今週末で終わり、間もなく開幕。

ここ数年(いや、10年近く)弱く、すっかり興味をなくしかけている
子どものころから約40年贔屓にしている某球団ですが
(題名でバレてますね(笑))
何を思ったか、急に平成時代に活躍した選手が誰か思い出したくなり
少し時間をかけてベストナインを選出してみました。

同じチームのファン同士で
こういった話で盛り上がるのも楽しいですよね。

また時間のあるときに、他のチームの平成ベストナインを挙げてみようかな。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【中日ドラゴンズ・平成ベストナイン(敬称略)】
投手 :山本 昌広(先発)
    今中 慎二(先発)
    川上 憲伸(先発)
    落合 英二(中継ぎ)
    浅尾 拓也(中継ぎ)
    岩瀬 仁紀(抑え)  計6人選出
捕手 :谷繁 元信
一塁手:タイロン・ウッズ
二塁手:荒木 雅博
三塁手:立浪 和義
遊撃手:井端 弘和
左翼手:和田 一浩
中堅手:アロンゾ・パウエル
右翼手:福留 孝介

【惜しくも、次点】
投手 :野口 茂樹、山井 大介、吉見 一起(以上先発)
    高橋 聡文、宣  銅烈(以上中継ぎ・抑え)
野手 :​落合 博満、大豊 康昭、山崎 武司
    森野 政彦、大島 洋平

【コメント】
・「あの三冠王3回・落合選手を次点とは、何て無礼な!」とお思いかもしれませんが
 落合選手の平成時代の在籍期間は、わずか5年間ということもあって
 ドラゴンズ黄金時代の4番打者であるウッズ選手を一塁手のベストナインに。
 落合さんは結局のところ、指揮官というイメージが強くなってしまったかもしれません。
・そのこともあって、落合監督時代(=ドラゴンズ黄金時代)の選手が
 おのずとベストナインに入ってくることは、ほとんど誰もが納得されるのではないかと。
・その他難しかった選出が、中継ぎ(次点)を誰にするか・・・
 多くの選手が活躍されているなか「そういえば左がいないなぁ~」ということで
 高橋(聡)投手を中継ぎ次点に。

眠れぬ夜に〔♯3〕『不安』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ 〔♯3〕

『不安(ふあん)』とは・・・
『生きていくための力』である。




「不安で夜も眠れない」ときはありませんか?

私も以前はそういうときがありました。

現在、眠れないほどの不安に襲われることはめったにないですが

「仕事がなくなったらどうしよう」とか
「貯金がなくなったらどうしよう」とか
「近しい人を失ってしまうのではないだろうか」など

常に不安がつきまとっています。


ただ、これらは決して
私の精神状態が不安定だからというわけではないと思います。

程度の差はあれ
同じようなことを思う人が周りにたくさんいるわけですから
“特別な治療” をしなくても
自分にとって “しっくりくる” 捉え方見つかれば
ある程度の納得が可能だと思います。


では、話を元に戻して。

『不安』は、どうしてもネガティブに捉われがちですが
ドイツのマルティン・ハイデガー(1889-1976)という哲学者は

 本来、人は日常の中で
 同じ作業(仕事、家事、子育て、レジャー etc… )を繰り返し
 それが極めて当たり前のように思うわけですが
 “ある出来事” をきっかけに
 本来あるべき存在のあり方(つまり『自己』)が呼び起こされ
 自分と向き合うようになる・・・というもの。

 その “ある出来事” というのが『不安』である。

と、肯定的に捉えて発言しています。

(『不安』の最も究極なものは『死』にあたり
  『死』を意識して初めて自らの『生』に向き合うことができるといえる)


つまり

『不安』であるからこそ
『不安』を感じているからこそ
私たちは『生きていること』を実感できる


ということになります。

(そうでなかったら、ただ漠然にのらりくらりと過ごしているだけになりますよね)


生きている以上、『不安』とつきあっていかなければならないわけだから
それを力に換えてしまおうという考えは、すごく心強いと思いませんか?

『不安』をバネに・・・

眠りから覚めた後、自分なりにまた頑張ってみようと思います。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

あなたが生まれてきた意味 ~人生のmission~ を知る(9/9)

みなさま、いつもありがとうございます。

以前よりお送りしているテーマ
「あなたが生まれてきた意味 ~人生のmission~ を知る」

いくつかの課程(※)を踏まえ、経験することによって得られるであろう
『あなたがこの世に生まれてきた “ほんとうの” 意味』

きょうが最後になります。
(引用:『魂のミッション ~あなたが生まれてきた意味~ 』 諸富祥彦著 こう書房)


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人がみずからの人生に暗黙のうちに与えられていた<使命><魂のミッション>に目覚めたとき
その使命をさらに明確に自覚し、その実現に取り組んでいくために必要な人・物・場所・作品などの
出会いがおのずと与えられてくいく。

その使命を果たしていくために必要な人・物・場所・作品などの出会いがすべておのずと与えられ
状況が整えられていくのである。


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『あなたが生まれてきた意味を知る』URL
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1051

(※:『人生のmissionを知る課程』過去掲載分)
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1069
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1088
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1110
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1129
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1147
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1168
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1189
http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/1208