ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

眠れぬ夜に〔♯13〕『コンプレックス』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔#13〕

『コンプレックス(こんぷれっくす)』とは・・・
『セールスポイント』である。



〔解釈とヒント〕

「私はAさんより口下手だ」とか
「私はBさんより見た目で劣っている」など
自分のコンプレックスに落ち込んで眠れないということはありませんか?

そこまでひどくはないにしても
人間、誰もがコンプレックスを持っているもの・・・

大事なのは、そのコンプレックスとどう付き合っていくかにあると思います。


昨今、すっかり有名になった
オーストリアの心理学者、アルフレッド・アドラー(1870-1937)は

「劣等感を抱くからこそ、人は成長するのだ」

と言っています。


確かに、私たちは「人より劣っている」という事実を認識すると
いったんは落ち込みますが、それと同時に初めて『努力する』契機を得られる わけです。

もう一歩踏み込んで書いてみると・・・

「人より劣っていること」だけをコンプレックスと捉えがちですが
もともとのコンプレックスはというと『感情複合』『心的複合体』とも訳され
“抑圧された感情” のことを指します。

つまりは、人より優れている部分もコンプレックスになりうるということ。

(そもそも、「優れている」「劣っている」というのは、その人の “明確な基準なき評価” に過ぎない)


人は本来、完璧な存在ではないですし、一人として同じ者は存在しないので
(人と比べて)劣っていると思おうが、優れていると思おうが
それを『個性』として、または『セールスポイント』として
うまく捉えることができればいいのかなと思います。

(まさに『オンリー・ワン』というやつですね)


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

普段の生活で心がけていること(3/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

一昨日よりお送りしているテーマ。

心を取り扱う者として、また、一人の成人として普段の生活で心がけていること(※)
きょうが最後になります。

みなさまも日々生活していくうえで、参考になる部分があったとしたらうれしいです。


⑤ 健全な肉体を保つ

特に40代半ばになり、このことを意識するようになりました。

それは『こころ』の動きも、健康な『からだ』があってこそということに改めて気がついたからです。

同じ出来事に対する受け取り方(解釈の仕方)にしても、健康なときとそうでないときに
受け取り方が全然違うという経験はみなさまもお持ちではないでしょうか。
(言うまでもなく、健康なときの方が前向きに捉えられる)

そのため、栄養のバランスを考えて食事を摂ることはもちろんのこと
毎日のウォーキング、全身ストレッチ(同時に、身体のコリがないかをチェック)
腸をはじめとしたお腹周りのマッサージをすることも心がけています。

何度かこのプレスリリースにも書いていますが
身体が病気になってしまうのは、身体のコリや冷えによって
新鮮な血液やリンパ・神経細胞が身体の隅々にまで行きわたらないため。
( “うつ” はそれらのものが脳に行きわたっていないため発生する)

そのため、新鮮な血液・リンパ・神経細胞が身体の隅々にまで行きわたるようのを心がけて日々過ごすようにしています。


⑥ 幸せでいる

なんといっても、これですよね!

幸せの定義は人によって大きく異なるわけですが、私の幸せの定義は

・“ありのままの自分” にOKサインが出せていること
・周りの人に感謝する気持ちが持てていること
・無理のない、穏やかな気持ちでいること

(感覚的なものではありますが)この3つを大切にしています。

その他、よくある『家族が明るく健康でいる』というのは、最もな理由のひとつになりますが
それだと人に期待をしていることになるので(自分の力でコントロールするできない)
あくまで、自分基準で幸せの定義を見つけるのがいいと思います。


以上、そんなところでしょうか。


 (※:『普段の生活で心がけていること』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/684
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/685

普段の生活で心がけていること(2/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

心を取り扱う者として、また、一人の成人として普段の生活で心がけていること(※)
きのうに引き続き、きょうが2回目です(全3回)。

みなさまも日々生活していくうえで、参考になる部分があったとしたらうれしいです。


③ “心がざわつく”ことを避ける・控える

テレビやネット、いろいろな情報で世の中あふれ返っているわけですが
どちらかというと、あまりよくない・ネガティブだと感じる情報の方が多いように感じます。

もちろん、自分にとって有能な情報もあるわけですが
自分にとって嫌だと感じる情報が目につくなど、心の中で “ざわつき” を感じ始めたら
おもいきってシャットアウトし、ヒーリング音楽を聴いたり、自分の好きなことをするなどして
心地よい・穏やかな気持ちでいられることに集中します。

また、自分の身の回りや世の中で発生する数多くの出来事について
自分の力で解決できるものについては、当然、それに取り組んで問題解決に努めますが
(政治や複雑な社会問題など)自分の力で解決できないような問題については
どんなに思考を凝らしてもただのストレスになってしまうので、あまり目をむけないようにしています。
(関心をなくすというわけではありません)

そのほかにも、都会の喧騒や人混みの中に長い時間いること、深夜に出かけることなど
“心のざわつき” を生み出すキッカケになるようなこともあまりしないようにしています。
(その独特な緊張感みたいなものがたまに心地よかったりするんですけどね。。。)


④ 人と一定の距離感を持つ(境界線を引く)

心を取り扱う仕事をしている以上、「ある種特別な存在でいなれけば」という思いがあることもあって
(いままで誰にも言えなかったことを「この人になら言おう」と思ってもらえるような存在)
(安心・信頼してもらえるような存在)
(心のよりどころになる存在)

身内でない限り深く干渉しないというか、一定の距離感を持つようにしています。

例をあげると、他人の悪口やただのグチを聞く(聞かされる)ような場面や
(騒ぐだけのお酒の席、お祭りやコンサート会場など)ストレスのはけ口になりうる空間は極力避けるようにしています。

というのは、その人たちの “我(が)” を必要以上に感じてしまった場合
のちに自分が提供するカウンセリング・コーチングに影響してくることがあるからです。

そういった意味では、少し表現に毒はありますが
『③ “心がざわつく”ことを避ける・控える』に近い部分があるかもしれません。


またあした書いていきたいと思います。


 (※:『普段の生活で心がけていること』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/684

普段の生活で心がけていること(1/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

きょうは少し趣向を変えて・・・

心を取り扱う者として、また、一人の成人として
普段の生活で心がけていることを3回にわたって書こうと思います。

みなさまも日々生活していくうえで、参考になる部分があったとしたらうれしいです。


① いま行っている一つひとつの動作を丁寧にする

食事をする、身支度をする、運転をする、買い物をする・・・

日々過ごしていく中で、毎日必ずとる行動があるわけですが
それらの動作・一連の流れを一つひとつ丁寧に意識して行うようにしています。

というのは、それらのものはすでに意識しなくてもできる(身体が覚えている)ため
身体はその作業をしていても、思考は全く別のことを考えている・・・
つまり「心ここにあらず」という状態になりがちです。
(例えば、朝、身支度しているときに今日こなさなければならない仕事のことで頭がいっぱいになっている など)

(「心ここにあらず」というのは、ある意味「我を忘れている」「自分を見失っている状態」でもあるとも言えます)

自分にとって何か想定外の出来事が起きてしまったとき
我を忘れていて、はたまた、自分を見失っていて必要以上に感情的になってしまったのなら
(『こころ』と『からだ』がバラバラな状態になってしまったのなら)
セラピストとしては本末転倒なので、常日頃から日常の動作を丁寧に意識して行うことで
自分を客観的にみるクセ、一時の感情に流されないクセ、“ニュートラルな自分” でいられるクセをつけるようにしています。

端的に言うと、目の前にある『いま、ここ』に意識を向ける。

『マインドフルネス』の基本でもありますよね。


② 自分がどんな感情でいたのか、客観的に振り返る

日常のできごとの中で、人との触れ合いの中で
自分がどのような感情でいたのか、客観的に振り返ることを日課としています。

例えば、その日起こった出来事のなかで
「○○をしていたとき(△△に××と言われたとき)、ちょっとイライラしたな」 とか
「ところで、なぜあんなにイライラしてしたのだろう」 など

そこで1つポイントがあるのですが、そういった振り返りを行う際に

・無理に原因追及しないこと
 (特に(人のせいにするなど)自分の外に原因を求めるのではなく、自分の内側にその原因を求める)
 (『原因』というよりは『要因』という表現の方が正しいかも)
・軽く反省することはあっても、後悔はしない

ことです。
 
(そう、大事なのは『客観的』であること)


感情は湧き上がってくるものなので、むやみに否定しないでそのまま受け入れるのがいいです。

また、客観的に振り返ったことによる感情の気づきは、自分の性格傾向(クセ)を自覚したり
次に同じような感情を持った時、一種の免疫となってコントロールできるため
普段の生活だけでなく、のちに自分が提供するカウンセリング・コーチングに役立つことも多いです。


続きはまたあした、あさってと書いていこうと思います。

小さな “アップデート” を繰り返す〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

何気なく使っているスマートフォン。

意識してみると、内蔵されているアプリに関する『アップデート』の更新が
毎日のように更新されているのが分かります。

いざアップデートしてみると
大幅に更新されている様子が分かるものもあるなかで、何が更新されたのかよくわからないものが大多数・・・

ただ、少なくても何かしらはよくなっているのでしょう。
(そう思わないと意味がない)


さて、かくいう私たち・・・

スマートフォンのアプリのように、(自分自身の行動や気持ちを)日々 “アップデート” する必要はないにしろ
少しでもそういった意識を持てれば、より自分らしく生きることができるような気がします。

つまりは「きのうよりきょう、きょうよりあした、自分らしくありたい」みたいな。

現状に満足することももちろん大切ですが
どうしたらもっと自分に満足ができるのか、ちょっと “欲張ってみる”


自身の内面が上手に “アップデート” することができれば、おのずと行動も変わっていきますし
いずれは目に見える形でよい変化をもたらせてくれるような気がします。

夏の終わりに感じること

みなさま、いつもありがとうございます。

昼の空の青色よりも、夕方の空の茜色が少し強くなってきたような気がするきょうこのごろ。

以下、感じることは私だけなのかもしれませんが
夏は、ほかの季節と違って
『終わる』『過ぎる』ときの方が印象が強いような気がします。

特に、夏の終わりのこの時季
何か置きざりにされたような、ちょっとせつない気持ちになるのです。

でも、逆に言うと
これからくる秋を楽しみましょうというサインかもしれませんね。

食欲の秋なのか、芸術の秋なのか、読書の秋なのか分かりませんが
これからやってくる秋の日々を私なりに楽しもうと思います。
 

守ってあげたい ~夏休みの終わりに~

みなさま、いつもありがとうございます。

夏休みも終わろうとしているこの時期に。
(すでに学校が始まっているところも多いですけどね)

子どもたちは元気にしているでしょうか?

もし、自分が小学校やこども園の先生だったとしたら
『月の歌』に、この歌を子供たちに歌ってもらいたいと思います。

〔Youtube〕
https://www.youtube.com/watch?v=QpL-ED9cQ5I
(『守ってあげたい』原田知世)

いまはまだ守られるべき存在で、この歌詞の詳しい意味は分からずとも
いつか大人になり、誰かを守るべき存在にかわったとき
はたまた、守りたいと思う存在の人ができたとき
幼いころに刻まれたこのメロディーがふと思い出され
きっと優しい人になれるんじゃないかと。。。

とろこで、いまでも『月の歌』は存在するのでしょうか・・・

恥ずかしながら、私自身、どんな歌を歌ったのか
あまり覚えてはいないんですけどね。

「自分を知る」ための問い〔♯44〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#44〕

どんな人を “怖い” と思いますか?


~答えを導き出すヒント~

ニュースやワイドショーで何度も取り上げられた『あおり運転』
そういった場面に出くわしたとしたら、やはり “怖い” ですよね。

『あおり運転』のような極端な怖さを体験することはないにしても
日常の中で、なんとなく “怖い” と感じる場面がたくさんあることは
皆様にもご理解いただける部分があると思います。

例えば

一度怒られたことのある人にもう一度接する場面であったり
周りの人が、誰かのうわさや悪口などを言っている場面であったり
帰宅時の暗い夜道や、繁華街などを歩く場面であったり
(例に挙げたものは、実は私自身が “怖い” と感じていることなのかもしれませんね)


当然、“怖い” と感じるのは、一般的に過去の体験からくることが多いわけですが
・痛い目に遭遇する場面にもう一度触れてしまいそうだから怖いのか
・痛い目にあわされた “その人自身” に接する必要があるから怖いのか
・はたまた、(過去の体験関係なく)何か得体が知れないから怖いのか
自分の中でその理由を明確にしたうえで、(怖いと感じる)その人なり、その物事と距離をとる方がよさそうです。
(そうでないと、かえって人間関係がこじれてしまうことがありますよね)

一方で、自分が “怖い” と感じることを、ちゃんと人に話すことができるか
話していくうちに、自分の中で “違和感” や “非” みたいなものを感じないか
(要は自分の中で、『やらない理由』や『逃げるための手段』として悪用していないか)
自分の心の中でしっかりと把握しておく必要があると思います。

また、実際に口にすることで、その怖さが和らぐこともありますからね。

逃げずに、一度自分が感じる怖さに立ち向かってみることも
より自分らしく生きるためにはとても重要なことなのかもしれません。

歌を歌って思わず出た涙の気づき

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、ひさしぶりにカラオケに行ったのですが
そこで思わぬ出来事が・・・

とある歌を歌っていたとき
急に目の周りが熱くなると同時に口元が震え
涙がこみあげてきて歌えなくなったのです。

そんな経験をお持ちの方、意外といらっしゃるかもしれませんね。


その涙のわけは
歌詞のフレーズを口にしたからなのか、歌手や作詞・作曲者の人柄を感じたのか
はたまた、その歌が流行っていたころの心象風景を思い出したからなのか
自分でも分かりませんが、いずれにしろ、琴線に触れたということは
それらのものが、これから生きていくうえで心の支えのような役割を果たしてくれる気がするのです。

なにもこれは歌に限らず
音楽であったり、絵や作品であったり、本であったり、景色であったり・・・


まだまだ暑い日は続きますが、8月も下旬。
『芸術の秋』と言われるシーズンももう間もなくですよね。

本来の自分に “軌道修正” するため
ぜひ、よい歌、よい音楽、よい本、よい絵にもう一度触れなおしてみるといいのかなと思います。 

『つかれ』をとる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

暑い日が続きます。

夏バテとまではいかないまでも、普段よりも疲れがたまっているという人も多いと思います。
(特にこの時期、お盆の帰省ラッシュなどで普段と違う疲れを感じますよね)

また、会話や文頭のあいさつ、仕事を依頼する際の前置きとして
「お疲れさま」ということばを使うことがなにかと多いわけですが

その語源は「憑かれた」
つまり「とり憑かれた」「憑依された」という説があるそうです。


1日1日、がんばって仕事や家事をこなしていると
当然疲れが出てくるわけですが
なぜ、疲れが出てくるのか・・・

それは、きょう1日会った人、すれ違った人の
『邪念』や『怨念』といったものが
「とり憑いてしまった」からかもしれません。
(そういう自分も、みなさんも、誰かに「憑けてしまっている」かも)


その「つかれ」が体のどこにつくかというと
肩や背中がほとんど。
(昔からお化けや霊は肩や背中に憑くと言われている)

よって、外から帰ってきたら
まず玄関先で肩や背中をポンポンと軽くたたいて
“邪気を祓ってから” 家の中に入るとよいとされているそうです。


スピリチュアル的な要素がやや強いですけどね。

ただ、納得感はあると思います。