ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

最近の私の心の支えになっている言葉(フレーズ)(その2)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

以前、『最近の私の心の支えになっている言葉(フレーズ)』として
私の最も尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんの著書の中にあるフレーズを取り上げましたが
(参照URL : http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/844
今回は、セラピスト、おのころ心平さんのブログの中にあったフレーズを紹介したいと思います。

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出逢いは才能
必要なときに必要な人と出逢える
そして
必要なときに必要な言葉と出逢える


おのころ心平オフィシャルブログ『ココロとカラダの交差点』より

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『安定』を最優先して生活してしまうと
いまいちこのフレーズにピンとこなかったり、フレーズの良さに気づけなかったりするのですが
(個人事業主という)ある種 “不安定な” 立場であるからこそ、また、人の心を取り扱うからこそ
このフレーズがいまの私に大きな力と勇気を与えてくれています。

また、このフレーズを “自分のものにする” ためには
人に対してなのは当然のこと、自分自身に対し誠実であることに尽きるのかもしれませんね。
 

眠れぬ夜に〔♯23〕『無』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯23〕

『無(む)』とは・・・
『無限にあること』である。



〔解釈とヒント〕

「自分には何もない」と嘆く人がいます。

果たして、本当にそうなのでしょうか?

確かに、仕事を失った人、大切な誰かを失った人、大きな失敗をした人などは
一時的にそのように思うことがあるかもしれません。

ただ、だからといって「何もない」と嘆いてしまうのは
二重の意味で間違っているような気がします。

ひとつは、なくなったものは一部のものに過ぎない という点について。
もうひとつは、『ない』とは無限にあることの “裏返し” だという点において。

最初の理由はよくわかると思います。

人間が本当に何もなくなるということはありません。

仕事や恋人を失おうとも、お金がなくなろうとも
(少なくても、自分が死んでこの世から消えてしまわない限り)
自分の身体や意識は残ります。

そう。 つまり、何もないというのは
(ここから、もうひとつの理由の説明になってきますが)
あくまで限定された状況にある『無』なので、 新しい何かが『ある』ことの始まりとなるわけです。


「日本人の庭は無だ」と表現されることがありますが
それは、西洋人が “慣れ親しんでいる” オブジェがないからにすぎません。

むしろ、日本の文化においては
禅の瞑想や美意識などにみられるように
何かがあるほうが(かえって)よくないとされることがあったりします。

おそらく、日本人は、その『無』の中に “無限の何か” を感じているからかもしれません。

「何もない」のではなく、無限に何かが「ある」のです。

宇宙の仕組みをみてもそう。

宇宙にはこんなにたくさんの星があるのに
その根源はブラックホールという名の『無』なのです。

そしてブラックホールは、無であると同時に『無限大』でもあります。


だから私たちも、「ない」ことを嘆く必要などまったくないと思います。

禅や芸術に限らず、日常においてさえも
何かがなくなってしまったことや、ないという状態において
もっと肯定的になればいいと思います。

「お金がない」のは、無限に貯めることのできる前提ですし
「気力がない」のは、無限にやる気が湧いてくる前提でもあります。

いまは疲れ果てているかもしれませんが
朝起きれば、また気力が湧いてくるに違いありません。

それは、『無』が『無限の有』だからです。


この命が尽きるまで、自分には無限の可能性が秘められているということで・・・

少しでも自分に勇気が持てるきっかけになればと思います。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

応援の力

みなさま、いつもありがとうございます。

6月19日、通常より3か月弱遅れて開幕したプロ野球ですが
きょうから今シーズン初めて、観客を入れての試合が始まりました。

感染対策をしたうえ、観客の人数も5000人まで。
鳴り物(トランペットなど)、声出しの応援も禁止。。。


その様子をテレビで観ていたのですが。
なかなか、どうして。

大リーグっぽい感じというか。

ピッチャーがバッターに投げている間は、固唾をのんで見守っている様子で
バッターが打って、出塁したり、アウトにしたりすることで
各々応援するチームの手拍子の音が大きくなるという・・・

すごく新鮮な感じたしたのと同時に、『応援の力』って大切だと改めて感じることができました。


プロ野球チームの応援に限らず
自分たちも、何かしらの『チーム』に属していることが多いわけですが
その『チーム』に属しているそれぞれのメンバーにも、お互いに応援を送れるような
そんな『チーム』が社会全体の中に広がるとステキですよね。
 

『何もしない』でいること〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

人の行うすべての行動や発言などが
その人の欲求を満たすために行われると考えた場合
(実際にそうなんでしょうけど)

『行動を起こさない』もしくは『何もしない』でいることは
「いまの環境・状態を維持したい」という欲求を満たすために
〔行動を起こさない・何もしない〕という考え方ができます。

少し見方を変えると、その人にとって
いまの環境が “十分満たされている” ということなのかもしれません。

「足るを知る」と言いますか。


自分にとって ”ほんとうに” 欲するもの(もしくは、足りてないもの)があるのなら
当然、それを補うための行動や努力をしなければなりませんが
そうでなければ、実は、そのまま(今のまま)で全然よいのかも。


特に物質的な部分においては
十二分に〔こと・もの〕が足りているはずの現在のこの世の中で
自分が ”ほんとうに” 手に入れたいものは何ですか?

一度見つめ直してみるのもいいかもしれませんね。

イライラしている人の心の中にあるもの・接し方について

みなさま、いつもありがとうございます。

最近、ちょっとイライラしているっぽい私。

あまり気にならなかったことが、若干 “引っ掛かり” を感じるようになり
それがだんだん大きくなって、ボーっとしているときにもチラチラそれが思い浮かび
「さて、どうしたものか」と・・・


そんなとき、セラピストである『おのころ心平』さんのブログを拝見し
『イライラしている人の接し方』について書かれてあったので
(おっ! とってもタイムリー♪)
自身の中に取り入れつつ、今回、その内容を少し “拝借” させていただこうと思います。

みなさまも、きっと「なるほど!」と思われるのではないでしょうか。


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〔イライラしやすい人の潜在的欲求〕
・人より優位に立ちたい
・損をしたくない
・運気を下げたくないという観念に縛られぎみ
・(自分のしていること、空間など)邪魔をされたくない など
   ↓↓
  つまり、相手や状況が自分にとってスムーズにいかないことが許せない
  自分を粗末に扱うような状況が許せないという意味では、自意識過剰


〔なぜ、イライラしやすいのか〕
かって(子供のころとか)身の回りに『イライラしている人』がいるなどして
イライラの感情の中でどっぷりつかって育った可能性が高く
「早くしなければならない、負けてはならない」
という観念に長い間浸かってしまっていて、その感度が高くなってしまっている
   ↓↓
  勝つことへの執着ということよりは「遅れをとる」ということに非常に敏感
  (人より何か “遅かった” ことに対してのトラウマ(みたいなもの)が残っている(?))


〔では、どのように接すればいいか〕
あまり深入りせず、適度な距離でお付き合いするのがベター
それでも、お付き合いしなければいけない場合・・・
 ・あいさつなどして積極的に声をかける
 ・相手が少し大変そうなときや(もちろん顔にイライラが表われている)
  周囲が敬遠している時にこそ「あ、やることありますか?」と進んで手伝ったりする
 ・相手の顔色に関係なく、世間話などふってとにかく話しかける

〔と、いうのは〕
イライラの感度だけでなく、(自身に対する)特別扱いや丁寧な物言いに対しても感度が高いため
   ↓↓ 
  「自分が尊重されている」と感じることで、非常に素直になる
  実はとても人情派で、人のやさしさに対してもとても敏感
  (一度上手な関係性を築けられたら、ものすごくやさしく親切になる)

『片づける』の本来の意味〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

早いもので、1年の半分が過ぎようとしています。

だがら・・・というわけでもないですが、ふと思いつき
家にある使わなくなったもの・いらなくなったものの片づけをしました。


ところで、みなさま
『片づける』の本来の意味をご存じでしょうか?

『片づける』とは『カタをつけること』

つまり、物を通じて、自分の気持ち・思い・感情に “決着” させることが
本来の『片づけ』ということになります。

おそらく、片付けが苦手な人がほとんどだと思いますし
(私も決して得意とは言えません)
それゆえ、片付けに関する本や情報がいっぱい出ているわけですが
本来の意味をしっかり把握しておけば、日常の中で自然と身につくようになると思いますし
片付けすることも、それほど苦にはならなくなるような気がします。

「自分を知る」ための問い〔♯54〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔♯54〕

あなたが自分ひとりの力で
自身を満足させられることがあるとしたら、それは何ですか?



~答えを導き出すヒント~

ここにきてようやく(?)“有事” がある程度落ち着きを見せ
他県への移動の緩和、レジャー施設再開など、日常に戻りつつある今日この頃ですが
世界ではまだまだ感染拡大が続いているなど、まだまだ予断を許さない状況が続いており
日本も、いつまた『外出自粛』になるかわからない現況となっています。

そこできょうの質問。

『外出自粛』によって多くの方が『ひとりでいる時間』を余儀なくされたわけですが
その間、いろいろな考えや思いが廻ったのではないでしょうか。

家族や仲間あっての自分ですし、当然、人は1人で生きていけないわけですが
一方で、自分1人の力で自分自身を満足させられるものがあれば
幸せを感じやすい(=孤独が気にならない)ということにもつながります。

キーワードは『満足感』

何かに没頭していることでもよし。なにか上質な気分に浸るもよし。

SNSなど、他人とかかわるツールを一度頭の中から切り離し
自分1人で(1人が)満足できるような事柄(または空間)など意識して見つけておけば
人間関係で疲弊してしまったときの “避難所” としての役割も果たしてくれると思います。

マスクをすると『虫歯』になる・・・?

みなさま、いつもありがとうございます。

最高気温30℃以上の真夏日も出始めるようになったこの時季においても
“有事” のため、マスクせざるを得なくなってしまったこの世の中。

そんな中、私だけかもしれないある気づき・・・
「マスクをすると “強くなった” 気がする」ことをきのう書いたわけですが
(参照URL: http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/852

もうひとつ気付いたことがあって、それは

マスクをすると『虫歯になる』気がする のです。


なぜ、そう思ったのか・・・?


マスクをすることで口数が減っている可能性が高いこともありますが
まずなによりも、口を全然動かさない(口を動かす回数が少ない・口の動きが小さい)。

口を動かさない。イコール、舌を動かさない。
舌を動かさない。イコール、唾液が口の中全体を循環しない。
唾液が口の中全体を循環しない。イコール、口の中の雑菌が増殖する。
口の中の雑菌が増殖する。イコール、虫歯になる。

・・・そんな感じ。


その他、口を動かさない(=口のまわりの筋肉を動かさない)ことによって
口周りの筋肉〔表情筋〕がたるみ、老けて見えてしまうような気もします。

(なので、意識的に舌を口周りに突き当てるなどして動かすようにしないと・・・)


さて、マスクをする生活が続き
『虫歯』になってしまっているかどうか・・・

来週、歯の定期健診に行くので、そのときに確かめてみたいと思います。
 

マスクをすると “強く” なる・・・?

みなさま、いつもありがとうございます。

最高気温30℃以上の真夏日も出始めるようになったこの時季においても
“有事” のため、マスクせざるを得なくなってしまったこの世の中。

そんな中、私だけかもしれないのですが、ある気づきが・・・それは

マスクをすると “強くなった” 気がする のです。


なぜ、“強くなった” 気がするのか・・・?
“強くなった” とは、どういうことか・・・?


従来、人とコミュニケーションをとるとき、顔全体が見えているので
(少し言い換えると、顔全体を相手に晒していることになるので)
あまり好ましく思っていない人との会話だったり、興味のない話が続いた場合
知らず知らずのうちに顔が引きつっていたり、苦笑いしてしまっているというのは
皆さんにもなんとなく経験があると思います。

ただ、(自分がそんな表情をしているのに)うすうす気付いていても “修復する” ことができず
(相手に対し快く思っていないことを)悟られてしまう可能性があるわけですが
マスクをしていると、目の部分しか相手に晒していないので
(相手のことを好ましく思っていなくても、話の内容に興味がなかろうと)
目の部分にだけ意識を向けることで、相手に感情を悟られることがないというか。。。

少し補足すると

目の部分にだけ意識を向ける、つまり、相手の目を見る〔アイコンタクト〕ことによって
相手は(自分と)コミュニケーションをとれていると “錯覚” してくれるというか。。。


伝わりますでしょうか・・・


顔全体の表情をみる(表情が見える)ことによって
その人がいま、どんな気分でいるのか(「自分の話にあまり関心がないな」とか)
心理職という職業柄、ある程度察知するよう心がけています。

また、皆さんにも何かしら感じる部分があるかと思います。

また、それは、裏を返せば
(自分の気持ちを)察知されてしまう(=悟られる)のではないかという
『怖さ』のようなものも、心の中で同居しているような気がします。

自分の気持ちを察知されたくない、悟られたくないと思うときがあるからこそ
マスクをすることによって、察知されにくくなった、イコール “強くなった”
そんな気持ちにいきついたわけでございます。


(今回、文章で表現するのがちょっと難しかったです・・・うまく伝わるといいのですが)

“カウンセリング的関わり” の基本〔Ⅰ〕:『リレーション』とは?(4/4)

みなさま、いつもありがとうございます。

カウンセリングを身近なものに。

私たちプロのカウンセラーが提供する『カウンセリング』のみならず
親子関係、夫婦関係、上司と部下との関わり、教師と生徒や保護者等の関わり等
“カウンセリング的関わり” において重要となる『リレーション』

(リレーション:心と心のふれあい、気持ちと気持ちのつながりをつくっていくこと)

『リレーション』をつくる3つの要素のうち、最後の3つめを紹介します。
(引用:『新しいカウンセリングの技法』諸富祥彦著 誠信書房)


③ こころのつぶやき(感情の自己開示)

自己開示とは、自分を開くことです。
自己開示には《価値観の自己開示》《事実の自己開示》《感情の自己開示》の3つがありますが
ここで重要なのは、相手の方の話を聴いているときに、自分の中で『ふと浮かんできた思い』を
つぶやくように伝えていくことです。

たとえば

「そうか……それは……やるせない……やってやれない……」

といったようにです。

相手の気持ちに自分を溶かし込むような仕方で、話を聴いているときに
ふと自分の内側が浮かんできた《感じ》《気持ち》《思い》をつぶやくようにして
相手の方に伝えていくのです。

ここで重要なのは、自己開示の際、隠れた主語が「私は……」になっていることです。

隠れた主語が「あなたは……」と二人称になっていると
相手の方は責められたような気持ちになることが少なくありません。
それでは、あなたの真意が伝わりません。

そうではなくて「ほんと……○○ですね」と、隠れた主語を「私は」にして
自分自身の実感をそのまま言葉にぽつりと言葉にしていくのです。


 (『リレーション』とは? :過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/847
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/848
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/849