ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

“うつ” の半分は『やさしさ』でできている

みなさま、いつもありがとうございます。

“うつ” になってしまった方々に対し、経験者の立場から
時には温かく、時には冷静沈着な見方をして
いかに支援できるかを常日頃から模索しているわけですが
“うつ” になる人、いろんなことで悩む人は
我慢のしすぎだったり、頑張りすぎだったりするのは間違いないそうです。


では、なぜそうなってしまうのか・・・

それは、半分は『恐怖心』があるのだと思います。

嫌われたくない… 変に思われたくない…
仲間外れにされたくない… 孤独になりたくない…

でも、残りの半分は『やさしさ』でできていると思います。

相手を傷つけたくない… 不快にさせたくない…
喜んでほしい… (痛み、苦しみを)代わってあげたい…

そんなやさしさ。

そして、自分を傷つけたくないという『やさしさ』

つまり『いい人』なのです。

ただ、他人のことを思いやりすぎて
ちょっと自分をほったらかしにしすぎてしまったところがあったかも。

だから、“うつ” になってしまったし
ちょっとしたことで悩むようになってしまった・・・


なので、少し “訓練” が必要となってきます。

どういう訓練かというと、それは
自分の人生と、他人との人生とを “切り離す” という訓練。
(たとえそれが(家族・身内など)ものすごく近い人であっても)


『ゲシュタルトの祈り』という詩がありますので、それを紹介したいと思います。

これを何回か口にすると
他人(だけ)に向けていた愛が
自然と、自分に向けられてくるのが分かります。

まず一度、口ずさんでみてください。

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わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし
あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。
私は私。あなたはあなた。
もし縁あって、2人が偶然出会えたのならそれはそれで素晴らしいことだが
もし出会えないのであれれば、それはそれで仕方のないことだ。


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いかがでしたか。

もしよかったら、1日1回でもいいから
根気よく続けてみてください。

愛が自分自身に向けられてくるのがだんだん分かってくるはずですから。

おすすめの本

みなさま、いつもありがとうございます。

おすすめの本の紹介です。

『「今、ここ」に意識を集中する練習』
(ジャン・チョーズン・ベイズ著 高橋由紀子訳 石川善樹監修 日本実業出版社、1600円+税)

グーグル、インテル、ナイキといった世界の先端企業で社員研修に取り入れられるなど
一般的にもよく知られるようになった『マインドフルネス』に関する本です。

ただ、『マインドフルネス』と聞くと
『瞑想』や『座禅』をイメージしてしまう(=宗教的においを感じてしまう)こともあって
怪しさを感じたり、なんとなく敬遠してしまうという人も多いようですが
この本は(瞑想や坐禅ではなく)日常で手軽に実践できる53の練習を紹介することで
初心者の人やいままで敬遠していたという人にも取り組みやすいよう書かれています。


実際にこの本で書かれている『53の練習』の一部を紹介すると・・・

・練習1  利き手でないほうの手を使う(→ 初心に戻る)
・練習10  電話が鳴ったら深呼吸する(→ 動作を止めることによって、体と心の緊張がほぐれる)
・練習40 「老い」の表われに目を向ける(→ 老いは「比較」によって感じるため、この瞬間を生きる と年齢を意識しなくなる)
・練習47 食べるものに思いをはせる(→ 数えきれないほど多くの生き物の命のエネルギーを取り込んでいることに気づき、感謝する)

など。


改めておさらいすると、『マインドフルネス』とは

「今、ここで起きていることに意識を完全に向けて集中すること」
(批判や判断の加わらない『気づき』)

ことです。

食事をするとき… 何か作業をしているとき…
運転しているとき… 誰かと何か話をしているとき… 

常日頃から「今、ここ」に意識を向けることができるようになると
視野が広くなる感覚を持つと同時に、ちょっとした後悔・不安・イライラといった
”余計なこと” を考えることもなくなってきますので
より自分らしい人生を築けるようになるのではないかと思います。

「自分を知る」ための問い〔♯38〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔#38〕

もし、あなたがプロ野球のひいきのチームの監督だったとしたら
どのようなメンバーを選び、どのような試合運びをしますか?



~答えを導き出すヒント~

今月1日にプロ野球がキャンプイン。
早くも先週末から沖縄でオープン戦が始まりました。

プロ野球ファンにとって、自分がもし、ひいきのチームの監督だったとしたら
どのような選手(スターティングメンバー、一軍メンバー)を選び
どのような試合運びをするか考えるのは、とてもワクワクすることなので
今回あえて取り上げなくても、居酒屋などで野球好きな人が集まって
すでにその話で花を咲かせていることと思います。

そのため、(プロ野球ファンの方からしてみれば)とても楽しい問いとして
そのまま終わってしまうところですが、実はもうひとつ ”隠された” 問いがあり

もし、自分がいま勤めている会社の社長(役員、管理職)だったとしたら
周りの人にどのように仕事をしてもらいますか?


となると、皆様はどのように考えるでしょうか。


仕事で発生するストレスのひとつに
自分の属するチームの人間関係だったり、仕事に対する能力の不一致だったり
自分が「こうしたい」と思っていても、上司の判断を仰がなければいけない
(もしくは、上司が思うように動いてくれない)
というのがあると思います。

少し言い換えれば
「自分はそんな立場(社長や役員、管理職)にないから」といって
半ば ”あきらめた状態で” 一担当としての業務を淡々とこなすよりは
会社の上の立場の視点に立って仕事をした方が
自分の意見や考えていること、行動がより明確になり
いまよりも積極的に仕事ができるようになる気がします。
(チームワークもよくなる気がしますよね)

プロ野球チームの試合を見るとき、つい、自分が ”監督” になってしまうように
自分が会社の上の立場だったら、周りの人がどう動いてくれるとうれしいのか
(そうなるためには、まず自分がどう動かなければいけないのか)
少し考えてみるのもいいかもしれませんね。

自分の代わりはいくらでもいる〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラム
『自分の代わりにやってくれた人に感謝する』に少し関連付けて。
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/566 )

言われて傷つく言葉のひとつに
職場などで、上司が部下に使うセリフにありそうな

「お前の代わりはいくらでもいるんだ」

(いまの時代、パワハラと認識されかねないですが)

というのがあると思います。


でも、よくよく考えてみると
基本、自分の代わりにいくらでも人はいるわけで
『自分にしかできないこと』って、ほんとうに皆無なんですよね。

なので、これを肯定的に

どこか出かけたいと思って、休日や長期連休までガマンして待つよりは
週間天気予報で、天気のよさそうな平日を見計らって有休をとり
お出かけしてしまえばいいと思うのです。
(その代わり、仕事に後れをきたさぬよう、しっかり調整する)

苦手な仕事は無理に抱え込まず、「苦手だ」と言ってしまえば
それを好きだという人・得意な人が現れてくれると思うので
さっさとその人に託してしまえばいいと思うのです。
(その代わり、自分の好きなこと・得意なことは引き受ける)

家事や子育てにしても、自分ひとりでと抱え込まず
探せば支援してくれるところがあると思いますし
近所の人や先輩ママからいろいろ教わればいいと思うのです。
(以前はそういった ”ご近所付き合いの文化” が根付いていたように思う)


自分ひとりで抱え込んでしまうということは、裏を返せば
『周りの人を信頼していない』という見方ができるかも。

だから ”おもいきって” どんどん人にお願いしてみませんか?

『自分の代わりはいくらでもいる』ことを肯定的に捉えられるように。

ちょっと ”訓練” がいるかもしれませんけどね。

自分の代わりにやってくれた人に感謝する〔コラム〕

 みなさま、いつもありがとうございます。

よくあるコンプレックスのひとつに

「人にはあって(できて)、自分にはない(できない)」

というのがあります。

仕事や勉強、家事、子育てを効率よくやることをはじめ
資格の有り無しや、外国語を話すといった『能力』
美味しいものを食べたり、休日にお出かけする『時間』
家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有すること・・・

挙げればきりがありません。


こんなとき、少し大きな気持ちをもって

「自分の代わりに、その人が持ってくれている」
「自分の代わりに、その人が身につけてくれている」


と思うことができたら、どんなに気持ちが楽になるでしょうか。
(かなり難しいですけどね)


前者に挙げた、仕事や勉強、資格、外国語を話すことなどは
自分ができなかった(やろうとしなかった)代わりに
その人が頑張って身につけてくれたわけなので

「自分の代わりに頑張ってくれてありがとう」

と、エールを送ればいいわけですし

後者に挙げた、美味しいものを食べたり、休日にお出かけすること
はたまた、家族を持つこと、家を建てること、好きな物を所有することなどは

「自分の代わりに(楽しい/幸せな)気分を提供してくれてありがとう」

と、しあわせな気持ちをもらってしまえばいいと思います。


そう。大事なのは
「あいつばっかり…」と妬んだり、自分を卑下したり
うらやましいと思う気持ちをできるだけ小さくして

「代わりに○○してくれて、ありがとう」

と、感謝する気持ち。

この気持ちがもてるようになると、コンプレックスそのものがなくなるわけですし
人としての器もすごく大きくなるような気がします。

かくいう私も、身の回りの人に感謝できるよう
ちょっと気を付けてみたいと思います。

おすすめのカフェ

みなさま、いつもありがとうございます。

おすすめのカフェの紹介です。

『喫茶ニューポピー』 (名古屋市西区那古野1)

地下鉄桜通線「国際センター」駅の北東
昔ながらの街並みの景観を残す『四家道(しけみち)』に
今年の1月29日(火)にオープンした新しいお店です。

この『四家道』というエリアは、堀川の西岸に沿って存在し
蔵や古い建物が並んでいることもあって、ロケーションは抜群!
少し北に行くと、昭和レトロの香り漂う円頓寺商店街があり
江戸時代から最近の ”なつかしい” 時代まで、歴史を肌で感じることができます。


また、このお店自体も、周囲の景観とマッチするよう蔵のような建物となっており
(もともとあった蔵をリノベーションさせた(?))
内装も、(オープンしたてのスタイリッシュさを感じつつも)どこか古き良き時代を感じさせる
昔ながらの純喫茶のスタイルを感じさせるものとなっているのですが、それもそのはず
昭和52年からおよそ30年近く、名駅三丁目で営業していた純喫茶『喫茶ポピー』を
受け継ぐ形でオープンしたとのことです。


コーヒーは大きく分けでポピーブレンドとニューポピーブレンドの2種類。
他にもシングルオリジンが中浅煎り〜深煎りまで6種類から選べるようになっています。

また、モーニングはトースト、サラダ、ゆで卵がついており、量も十分。
プラス500円でカレーをいただくこともできます。

また、そのカレーというのも、コーヒーで炊いたお米を使用しているとのこと。
(白米にすることもできます)

今度行ったときに ”挑戦” してみようと思います。


 ※『喫茶ニューポピー』Facebookページ = 
  https://www.facebook.com/喫茶ニューポピー-377954889413242/

眠れぬ夜に〔♯6〕『憐れみ』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔#6〕

『憐れみ(あわれみ)』とは・・・
『すごいと称賛すること』である。



〔解釈とヒント〕

普段の生活において感情を素直に出すということはあまりないし
実はなかなか『できない』ことだと思います。

もし家に帰って眠りにつくとき
感情を言葉にすると、どのような言葉が出てくるでしょうか・・・

「毎日つらい、身体が重い」
「評価されずに悔しい」
「○○にあんなことを言われて、すごくむかつく」
「ちょっともう泣きたい気分」
「こんなに頑張っているのに、全然報われない」

etc…

人によっては、そんな言葉ばかり出てくるかもしれません。

また、そんな姿を仮に見てしまった場合
見た人は(その人を見て)憐れむ気持ちを持つかもしれません。


でも、人にどう思われようと
感情を外に出してみると『気持ちがいい』ことは
誰もが経験あると思います。
(『カタルシス』なんていいますね)


今でこそ『憐れ』という言葉は、否定的な意味で使われますが
本来の意味は、みなさんも古文の授業で習ったことがあるように

「深くしみじみと心をひかれること」

です。

泣くことも弱音を吐くことも
本来、人間として〔あたりまえの〕〔自然な〕姿。

そしてもうひとつ、この『憐れ』について
『もののあはれ論』を展開した江戸時代の国学者、本居宣長(1730-1801)によると

「もののあはれ」とは
人が物事に触れたとき、そのものの本質を直感的に感じ取り
素直に深く心を動かすさま


のことをいうそうです。

つまり、「あはれ」とは
「ああ」「はれ」と心が感動した声がそのまま感嘆として外に出たもの なのであり
美しいものを見て素直に美しいと感じるといった人間性の自然の表れをいうわけです。


この社会では、感情を外に出すことのできない人が多いわけですが
感情を出すということは、人間としての大事な本質であるので
弱音を吐いた人を見て『憐れむ』のではなく
むしろ「あっぱれ」と言えるような社会になればいいなと思います。

(ただし、『感情を出す』ことと『感情的になる』ことをしっかり区別しないといけないですけどね)


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

『こころのケア:統合医療セミナー』ご案内(2019/4/7 @名古屋)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が理事をつとめております一般社団法人『家族と心の研究所』と提携関係にある
統合医療『クリニック徳』の高橋徳先生主催によるセミナー
『第3回こころのケア:統合医療セミナー』が開催されます。

「統合医療」とは、西洋医学と東洋医学の長所を取り入れ、お互いの短所を補い合う医療のことです。

「こころのケア:統合医療セミナー」では、医師・カウンセラー・ヨーガ療法士・気功療法師、鍼灸師などが協力して、メンタルケアに当たります。
この国の心の病いの臨床を変革していくための、新しい試みです。

薬物治療のみに依存してしまっている現在の医療に不安を感じている方に、ご参加いただければと思っています。
また、みなさん一人ひとりが医師や薬頼みにせず、セルフケアの意識を持ち、薬漬け医療から脱却していただければと願っています。
スタッフが個々の方々に密接に向かい合うため、少人数制(定員10名)とさせていただきました。
定員になり次第、申し込み受付けを終了させて頂きます。


    ~ 記 ~

日時:2019年4月7日(日)
   10時~12時 自己紹介、座学、うつ病患者の体験談
   13時~18時 ヨーガセラピー、マインドフルネス瞑想、気功
           腹式呼吸、運動、散歩、セルフケアの指導
           カウンセリング、鍼治療、レイキ施術(希望者)
   18時~20時 懇親会(希望者)

場所:クリニック徳 http://clinic-toku.com/ 
   (名古屋市中区栄2-10-19 名古屋商工会議所ビル11階)
   (地下鉄伏見駅5番出口徒歩5分)

定員:10名

料金:8500円(税込)

お問い合わせ・申し込み:クリニック徳
            Tel 052-221-8881
            fax 052-221-8882
            kenkodojoclinic@gmail.com
            http://www.formpro.jp/form.php?fid=59269

引き返す勇気(その2)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のコラムでは
人間関係についての『引き返す勇気』を書きましたが
(前回URL:http://www.heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/555 )
何もこれは人間関係に限ったことではなく
ビジネスの場面、はたまた、自身の『人生設計』に関しても同じことがいえると思います。


『引き返す』・・・それは
決して最初からやり直すということではなく
何か一区切りついたとき、少し振り返ってみて余分なものを一度取り除くというか
少しずつ成長し続けていくために、ちょっとでもいいから反省と創意工夫し続けるというか
今していることに対して、もう一度初心を思い出してみるというか

そういう意味合いの方が強いような気がします。

(単なる言葉の言い回しに過ぎないかもしれないですけどね)


これからの季節、寒さを ”引き返しながら” 暖かくなっていくように
(「三寒四温」なんていいますよね)
引き返しながら前に進んでいく方がかえって自然なことなのかもしれません。

登山のように、いつも上り坂ではきついですからね。

一度立ち止まって見て
引き返してはまた上り、引き返してはまた上り・・・

自分を見失わないように。

引き返す勇気(その1)〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

生きている限り、誰もがみな悩む『人間関係』をテーマに。

誰かと関わりを持とうと思ったら
その距離が縮まるよう、何かしらの行動や努力をすると思います。
(恋人や友人といった間柄は特に)

逆に「距離をおこう」と思ったら
『縁を切る』ようなところもあったりします。

お互いに向かって『前進する』か、すっぱり『縁を切る』か・・・

特にビジネスの世界において、そんな風潮がやや強いような気がします。

しかし、人との距離って
本来は(ゴムのように)伸び縮みするようなものだと思います。

あるときは近づき
またあるときは遠のき
そしてまた近づく・・・


親しくなる過程において相手との距離は縮んでいきますが
どんな人てあっても、ある程度の『距離感』は保つ必要がありますし
(相手に依存し過ぎることなく)いつでも『個』である必要があると思います。


また、生きていく過程において
だんだん価値観にズレが生じてきたり、違うステージに行ったとしても
はっきり白黒つけてしまうよりは、『グレーの関係』でいたいもの。

そう。グレーゾーンに引き返すならば
もしかしたら、またあのころの友達に戻れるかもしれない。

少なくても
お互いがお互いの人生なら
『いなかったこと』にしなくてもすむはず。


『引き返す』

ものすごく勇気がいることですけどね。

完全に元に戻ることはできないけれど(また、戻る必要はないけれど)
1周まわるというか。原点に立ち返るというか。


街でバッタリ会ったとき、少なくても自分は
「おっ、元気そうだね」と
あいさつくらいはしたいものです。