ハートオフィス・あおい

NEWS RELEASE 新着情報

「自分を知る」ための問い〔♯47〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔♯47〕

会うと元気をくれる人、もしくは
リラックスさせてくれる人の共通点は何ですか?



~答えを導き出すヒント~

毎日同じように過ごしているつもりでも
ちょっと元気がなかったり、逆にイライラ・セカセカしてしまったり・・・

だけど、そんな元気のなさやイライラ・セカセカした気持ちが
ある人と会って話をするうちに、いつのまにか消えてしまっていたという経験をされた方も
結構いらっしゃるのではないでしょうか。

そのような、自分に元気を与えてくれるような人、リラックスさせてくれるような人に
どのような特徴があるのか、また、なぜ自分がその人と会ったときに
そうなる(元気になる/リラックスできる)のか一度考えてみると
自分に何が必要なのか(何が足りていないのか)見えてくるような気がします。


自分の身の回りにいる、元気を与えてくれるような人、リラックスさせてくれるような人・・・

すぐに思いつく人がいれば問題ないですが、「1人も思いつかない」としたら
普段の生活において、必要以上に『警戒心』を持って過ごしていらっしゃるのかもしれません。
(『自信がない』ことの裏返しであるかも)


一方で、自分が周りの人に対して
元気を与えられるような存在であるか、もしくは、リラックスさせられるような存在であるか
時間のあるとき、ご自身の言動や行動、人に接するときどんな態度をとっているか
いま一度振り返ってみるのもいいかもしれませんね。

もし仮に、相手が必要以上に(自分を)警戒しているような態度をとっていたとしたら
気づかないところで威圧的な態度をとってしまっている可能性があります。

自身のおかれている状況がどんな状況であれ
人と接するときは、やはり『笑顔』を心掛けたいものですね。

『こころのケア:統合医療セミナー』ご案内(2019/12/8 @名古屋)

みなさま、いつもありがとうございます。

当方が企画・設立に携わった一般社団法人『家族と心の研究所』と提携関係にある
統合医療『クリニック徳』の高橋徳先生主催によるセミナー
『第6回こころのケア:統合医療セミナー』が開催されます。

「統合医療」とは、西洋医学と東洋医学の長所を取り入れ、お互いの短所を補い合う医療のことです。

「こころのケア:統合医療セミナー」では、医師・カウンセラー・ヨーガ療法士・気功療法師、鍼灸師などが協力して、メンタルケアに当たります。
この国の心の病いの臨床を変革していくための、新しい試みです。

薬物治療のみに依存してしまっている現在の医療に不安を感じている方に、ご参加いただければと思っています。
また、みなさん一人ひとりが医師や薬頼みにせず、セルフケアの意識を持ち、薬漬け医療から脱却していただければと願っています。
スタッフが個々の方々に密接に向かい合うため、少人数制(定員10名)とさせていただきました。
定員になり次第、申し込み受付けを終了させて頂きます。


    ~ 記 ~

日時:2019年12月8日(日)
   10時~12時 座学・うつ病患者の体験談・気功
   13時~18時 ヨーガセラピー・マインドフルネス瞑想
           腹式呼吸・運動・散歩・フォローアップ
           セルフケアの指導/カウンセリング/鍼治療(希望者)
   18時~20時 懇親会(希望者)

場所:クリニック徳 http://clinic-toku.com/
   (名古屋市中区栄2-10-19 名古屋商工会議所ビル11階)
   (地下鉄伏見駅5番出口徒歩5分)

定員:10名

料金:8500円(税込)

お問い合わせ・申し込み:クリニック徳
            Tel 052-221-8881
            fax 052-221-8882
            kenkodojoclinic@gmail.com
            http://www.formpro.jp/form.php?fid=59410

アドラーの目的論②:「大声を出すために怒る」とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

前回のテーマ( http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/720 )に引き続き
心理学者アドラーの推奨した『目的論』について
(『原因論』との違いについて)
ひとつ、例を挙げて紹介したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

レストランで、客の男性がウェイターにコーヒーをこぼされ、一張羅の背広を汚された
男性は反射的に大声を出し、店中に響き渡るようにウェイターを怒鳴りつけた


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この場合、一般的には
「コーヒーをこぼされて怒りを感じたから大声をだした」
(大声を出した『原因』は、コーヒーをこぼされ怒りを感じたから)
と考えがちなのですが

アドラー心理学では
「大声を出すために怒った」
(大声を出したのには、他ならぬ『目的』があるため)
と考えます。


上の例でいうと

「ウェイターに謝らせたい」
「自分が客(上の立場)であることを誇示したい」
「クリーニング代を支払わせたい」

といった『目的』があるから大声を出した。ということになります。


もちろん、この例だと
『コーヒーをこぼされたこと』と『大声を出したこと』との間に
ほとんどタイムラグがないので
コーヒーをこぼされたことによる怒りが大声を出した原因と考えがちですが
もし仮に、美人のウェイトレスにコーヒーをこぼされたとしたら
男性はどんな対応をとっていたでしょうか?

瞬時に自分の取るべき行動を判断して
「あ、大丈夫です。気にしなくていいですよ」
と笑顔で答えていたかもしれませんよね。

(この場合、ウェイトレスに「寛大な人間であるというところを見せたい」という『目的』がある)


そのほかにも
「過去自分にこんなつらいことがあった」というのは
「相手の同情を引く」という目的を叶えるための手段のひとつと考えることもできますし
「不安なので○○できない」というのは
「○○したくないので不安を創り出している」というように考えることができます。


もちろん、当の本人にとってみれば
(問題や悩みを抱えて)大変苦しい思いをしているわけですが

「起きた出来事に対してどう捉えるかは自分次第」
「いまの自分は、自分が選んで創り出している」


という感覚(自覚)が少しでも持てるようになれば
きのう、きょうと紹介したアドラーの『目的論』を応用することによって
さまざまな悩み・問題を解決できる可能性があるかもしれません。

(とはいえ、それを習得するにはかなり修業が必要ですけどね)

アドラーの目的論①:『原因探し』って、結構いい加減

みなさま、いつもありがとうございます。

何か問題や悩み・病気などを抱えているとき
その箇所や原因を見つけ出して、対処したり除去することを考えますよね。
(病気になってしまったのなら当然そうするべきですが)

しかしながら、心理学者アルフレッド・アドラーが
「起きた出来事に対してどう捉えるかは自分次第だよ」
という『目的論』を推奨するように、生じてしまった問題や悩みに対して
「いまの悩み(問題)があるのは、このことが元になっているからだ」と
その原因を探して決めつけてしまうのは、かえってよくなかったりします。


なぜ『原因探し』が必ずしもよくないのか・・・

タイトルにある
「『原因探し』って、結構いい加減」の例をひとつ挙げてみると・・・


よくある「人を好きになる」

なぜその人を好きになったのか、いろいろ考えていくと・・・
(原因を追究していくと)

・優しくて意見を聞いてくれる
・頼りがいがある
・几帳面でしっかりしている  など


今度は反対に「人を嫌いになる」

なぜその人を嫌いになったのか、いろいろ考えていくと・・・
(原因を追究していくと)

・自分の意見がなくて優柔不断
・支配的
・細かいことにこだわりすぎる  など


そう。

すでに気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが
『原因を探す』という行為は、自分にとって
『都合のいい捉え方(解釈)をする』ための手段に過ぎなかったりします。
(同じように「評価」というのも、自分にとって都合のいいものにしてしまいがち)

上の例でいうと

   〔好きな理由〕         〔嫌いな理由〕
「優しくて意見を聞いてくれる」=「自分の意見がなくて優柔不断」
「頼りがいがある」      =「支配的」
「几帳面でしっかりしている」 =「細かいことにこだわりすぎる」

の関係。
(解釈の仕方で好きにもなるし嫌いにもなる)


このことをアドラーの『目的論』にあてはめると

「この人との関係を続ける」という目的のために、その原因となる『好きなところ』を見つける。
(肯定的な評価をする)

「この人との関係を断つ」という目的のために、その原因となる『嫌いなところ』を見つける。
(否定的な評価をする)

ということになります。


よくある「結婚したいけど、出会いがない」

『出会いがない』のは事実かもしれないけど
本当は「いまの生活スタイルを変えたくない」とか
「出会いを求めるのがめんどくさい」「見ず知らずの異性と話をするのがすごく疲れる」という
“本音” が隠されていることが多かったりしますよね。

(「お金がない」という理由(言い訳)も、上と同じような感覚としてあると思います)


ただ、あまりにも
「原因探しはダメ」「言い訳はダメ」と自分を縛り付けてしまうと
それはそれで苦しくなってしまうので、自分なりの上手な “さじ加減” が必要となってきそうです。

眠れぬ夜に〔♯15〕『健康』とは?

みなさま、いつもありがとうございます。

眠れぬ夜に・・・
明日につながる希望の哲学シリーズ〔♯15〕

『健康(けんこう)』とは・・・
『仕事の能力』である。



〔解釈とヒント〕

ところでみなさま、現在の身体の状態はいかがでしょうか?
健康ですか? それとも・・・?

いずれにしろ、病気にまではならないにしても
身体の調子が悪かったり、疲れていたりすることによって
仕事などのパフォーマンスが下がったり、やる気が出なかったり
かえってなかなか寝付けなかったりするという経験は、一度はされたことがあると思います。

健康であってこそいい仕事ができるわけですからね。


フランスの哲学者に、メルロ・ポンディ(1908-1961)という人がいるのですが
彼は身体の大切さについて哲学的に考察をした初めての人物と言われています。

そんな彼が『身体』というものを

「私たちが物を見たり、触ったりして外の世界を知覚するのは
 すべて自分たちの身体を通じて行われている」

と表現したわけですが
(「そんなもん、あたりまえじゃん」と言われてしまうのでもう少し踏み込んで書くと)

身体こそが私たちの世界や心を作っている =(身体は)外の世界と自分とをつなぐ唯一の手段

つまり、身体というものが単に『自分の身体』という枠を超えて
世界と自分とをつなぐ『媒体物』として定義したことです。

そうなると、身体が病んでいては、まともに社会につながることはできないですよね。

仕事ができなくなるのはもちろんのこと
他者とのコミュニケーションもうまくいくはずがないと思います。


もっとも、ここでいう『健康』とは
「病気をしない」ということだけではなく、「身体能力が高い」ということも含まれてくるわけですが。

(どれだけよく “動けるか” が仕事にとって大事な要素となるので)


そしてもうひとつ、忘れてならないのが『こころの健康』

文頭の冒頭に「疲れているとやる気が出なくなる」といったように
身体と心はつながっていることをちゃんと知っておく必要があると思います。

(やる気がなくなって “うつ” になってしまったら、どうしようもないですからね)

人間が社会生活を営む限り、身体はそのための “インターフェイス”
常日頃からかなり意識をして身体をいたわる必要がありそうです。


(引用:『眠れぬ夜の哲学』小川仁志著 PHP研究所)

すべては健全な体があってこそ〔コラム〕

みなさま、いつもありがとうございます。

つい先日まで国中を虜にしたラグビーワールドカップや、野球のWBCプレミア12の陰に隠れ
ひっそりと始まった感のある令和元年大相撲九州場所。

その大相撲(相撲)に限らず、武士道において
よく『心・技・体』という言葉を耳にするわけですが、この言葉・・・

柔道の父と称せられる嘉納治五郎氏が
その柔術独学書の中で述べたのが始まりとされ、改めて書いてみると

①『心』=精神の修養
②『技』=勝負師の鍛錬
③『体』=体の発育・健康維持


ということになります。

この順番だと、『心』が一番大事なような感じがしますが
私のイメージは、ピラミッド構造。

つまり、『体』が一番土台にあって、次に『技』、一番上のあるのが『心』
(登山のように、上に行けば行くほど習得するのが大変)

どんな人でも、『心』を変えることはすごく難しい。
だけど、健全な体は、少しの努力で手に入れることができると思うのです。

寝る時間、起きる時間を一定にしたり
食事の栄養バランスを少し意識して見直してみたり
1日5分でもいいからストレッチやウォーキングなどをしてみたり・・・

そう! 強い『心』は、健全な『体』があってこそ。

これからのシーズン。
おいしいものを食べたり飲んだりする機会も増えると思いますが
やはり、ほどほどにした方がいいような気がします。

1日1日、ていねいに。

みなさま、いつもありがとうございます。

先日、誕生日を迎えました。

すっかりいい歳です(笑)

で、何か特別なことをしたかというと・・・まったく。

いつもと同じように食事。
そして、いつもと同じように仕事。
少しうたた寝。
テレビを見て、Youtubeで音楽を聴き、お風呂に入り、ふとんの中へ・・・

そんな、何気なく過ごした1日であっても
人によっては、一生忘れられない日になったりすることもあるんですよね。

良いできごと(幸)しかり。
悪いできごと(不幸)しかり。

そして、当然、生も死も。

改めて、1日1日をていねいに過ごしていきたいと感じる日でもありました。

「自分を知る」ための問い〔♯46〕

みなさま、いつもありがとうございます。

「自分を知る」ための問い〔♯46〕

あなたがもし、誰かに謝れるとしたら
誰にどんなことで謝りたいですか?



~答えを導き出すヒント~

今月、台風19号によって各地の川で堤防が決壊するなど
甚大な被害に見舞われた場所が多く発生しました。

いままで考えられなかったような自然災害が次々に起こるようになり
(やはり(?)少なからず地球温暖化が影響しているのでは・・・)
人類そのものが、いままでの生き方・過ごし方・考え方そのものを
早急に変えていく時期に差し迫っているような気がしてなりません。


と、少し話は大きくなってしまいましたが・・・

運よく災害や事件・事故に巻き込まれず、誠実に、また、自分に正直に生きたとしても
『後悔』というものは、必ず、ひとつやふたつ、ついて回ると思います。

そして、そんな後悔の中によくあるのが『人との関係』

 「誰々にあんなことを言ってしまった(言わなきゃよかった)・・・」
 「誰々にあんなことをしてしまった(しなきゃよかった)・・・」
 「誰々に(自分の想いを)伝えておけばよかった・・・」


など。

みなさまにも一人や二人、思い当たる人がいらっしゃるのではないでしょうか。

「ある人に、こんなことで謝りたい・・・」

そんな気持ちが(素直に)出るのであれば、自分が当時未熟だったことを認められた証拠。
(同時に、自分を客観的に見つめることができていることにもつながりますよね)

自分自身に対し、誠実に、正直に生きるということは
自分の身の回りの人たちに対して、誠実に、正直に関わることでもあると思います。

カウンセラー・コーチに必要なこと(3/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

前回、前々回の続き
私の尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんが提唱するカウンセラー・コーチに必要な3つの条件(※)
きょうはその3つめ(最後)です。
(引用:『カウンセリングとは何か』 諸富祥彦著 誠信書房)


③ クライエントさんの傍らにとどまり続けることができるかどうか

辛い気持ち…  不安な気持ち…  どうしようもない気持ち…
あいまいな気持ち…  どろどろした気持ち…  絶望的な気持ち…
揺れ動く気持ち…  暗い森の中をさまようような気持ち…

そんなクライエントさんの気持ちから逃げ出さず、しっかりそこに『とどまり続ける』ことができる人こそが、カウンセラー・コーチとしてふさわしい3つめ(最後)の条件と言えそうです。

これができない人は、クライエントさんの『苦しい話』を聴き続けることに耐えられなくなって
・「ほかの道を探しましょう」とアドバイスしたり…
・「あなたならできますよ」と励ましたり…
・なんとか前向きにさせようと促したり…

そうするとクライエントさんは置いてけぼりをくらった感じになり
「この人には分かってもらえない」という気持ちになってしまいます。

クライエントの立場になって考えたとき
・わたしの心の痛みの位置まで『降りてきてくれる』こと
・こちらの痛みを『共有してくれる』こと
・そして一緒に『とどまっていてくれる』こと
が大事になってきますので、クライエントさんの心の痛みを聴くことで自身の心も痛んでしまった…
そう感じることも(ほんの少しでいいとは思いますが)必要になってくると思います。

また
「クライエントさんの方が私よりずっとちゃんと生きてこられて… だから傷ついて病気になられた」
と敬意を抱くことも、とても大切なことなのではと思います。

クライエントさんの『暗闇をさまよう、どんよりした心のプロセス』から決して逃げない。
その深さ、暗さの次元、こころの闇の世界から逃げ出さず、しっかりとそこにとどまり、寄り添い続けられること。
こうした『ほんとうの人間としての強さ』が備わっていることを最後の条件として挙げたいと思います。


 (※:『カウンセラー・コーチに必要なこと』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/706
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/707

カウンセラー・コーチに必要なこと(2/3)

みなさま、いつもありがとうございます。

前回の続き
私の尊敬するカウンセラー、諸富祥彦さんが提唱するカウンセラー・コーチに必要な3つの条件(※)
きょうはその2つめです。
(引用:『カウンセリングとは何か』 諸富祥彦著 誠信書房)


② 自分自身を普段から深く見つめることができているかどうか

カウンセラー・コーチとしてよりよい活動をしていくためは、日々の忙しい生活の中でも
自分自身の内側の傷つきや揺れ動く気持ちとしっかり向き合い、自分を深く見つめ続け
そして丁寧に付き合っていくことがとても大切なことだと思います。

ただ、それによって傷つきを抱えたままでは、クライエントさんと変わらないわけなので
カウンセラー自身が定期的にカウンセリングを受けるなど、必要な気づきや学びを得て
自己成長につなげていく必要があります。

そういった意味では、さまざまな悩みや苦しみを体験し、それによって多くの気づきを得て
自己成長された方のほうがよりよいカウンセラー・コーチということができるかもしれません。

(とはいえ、外見では分かりにくいので、判断が難しいですけどね)

前回述べた『本気で生きる』ことにプラスして
『とことん自分に向き合い、自分から逃げず、自分に正直に生きること』ができる方。

そして(少し繰り返しになりますが)クライエントさんに真正面に立ち向かっていくためには
自身の感情の揺れとある程度の『距離』をとり、客観的に『眺める』姿勢を保つ必要がありますので
普段から自分自身を深く見つめ、感情を把握しておくことが、カウンセラー・コーチにとって必要な
第二の条件と言えそうです。


 (※:『カウンセラー・コーチに必要なこと』過去掲載分)
 http://heartoffice-aoi.com/index.php/news/archives/706